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無敵の藤井聡太が5連敗…なぜ豊島将之にだけは勝てないのか?高度な作戦家「キュン」

写真・文=粟野仁雄/ジャーナリスト
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昨年、名人位を取った直後の豊島将之

 並みいるトップ級棋士たちをほぼ撃ち落としたと思われた「史上最年少二冠」の高校生棋士、藤井聡太(18)が、まだ落とせない相手がいる。否、落とせないどころか今のところ「やられっぱなし」なのだ。

 その相手は豊島将之竜王(30)である。藤井と同じ愛知県出身で生まれは一宮市だ。しかし藤井が初タイトル(棋聖)を取った時、師匠の杉本昌隆八段が「私の師(板谷進九段)の悲願だった『東海地方にタイトルを』を聡太が実現してくれた」と盛んに言っていた。一足早くタイトルを取っていた豊島は5歳で大阪府豊中市に移っているため、「東海の棋士」とは言いにくいためだ。

 豊島は16歳でプロ入りし、関西大学を中退した。師匠は現役最年長の棋士で関西を拠点にする桐山清澄九段(72)である。タイトル歴4期の桐山は、中原誠十六世名人、米長邦夫永世棋聖らとしのぎを削った名棋士だ。

「キュン」という愛称で女性人気も非常に高い豊島。端正で知性的な風貌は若い頃の中原を思い出す。2018年に王位、そして昨年、福岡市での名人戦七番勝負第4局では、三連覇を狙った佐藤天彦名人をストレートで下して名人になった。さらに暮れには竜王を広瀬章人から奪っている。一時期は三冠だったが二冠を失い、現在は竜王一冠だ。

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藤井聡太 今年の王位戦第三局直前の会見

豊島竜王の強さの秘密

 この豊島竜王が9月12日、東京渋谷区で「将棋日本シリーズJTプロ公式戦」の準々決勝に登場し、藤井二冠と当たった。JT杯はタイトル保持者と賞金ランク上位者12人によるトーナメント。優勝賞金は500万円、準優勝は150万円。例年はファンのため国を転戦する公開の対局だが、今年は残念ながら新型コロナウイルス感染防止のため、11月の決勝まで無観客となる。

「藤井vs.豊島」の最初の対局は2017年 藤井はまだプロ2年目の四段で、豊島はすでに八段だった。今回の対局は昨年10月の王将戦挑戦者決定リーグ以来で、ここまで藤井の0勝4敗だ。JT杯は持ち時間が1時間、使い切れば一手1分を各自5回。その後は一手30秒という極端な早指し将棋である。対局前、藤井は「強敵ですけど、勢いよく指していい将棋をお見せできれば」と語っていた。勝負は豊島の横歩取り戦法からの激しい攻め合いとなった。藤井も言葉通り勢いよく攻め込んだが及ばず、豊島が接戦を制した。

 決して藤井が早指しに弱いわけではない。むしろ強い。しかし最近は2日制の王位戦など、持ち時間の長いタイトル戦などが多く、早指しの勘がやや戻らなかったかもしれない。

 2018年3月に王将戦の予選で六段時代の藤井を破っている加古川市の井上慶太九段(56)はこの対局についてこう話す。

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豊島将之竜王

「もちろん、番狂わせなどではなく豊島竜王の強さです。藤井二冠はこういう手にはこう指す、のような自分流を貫く信念のようなものがある。これに対して豊島竜王は相手によって作戦を立てて、徐々に主導権を取って優位に持っていくタイプ。高度な作戦家、戦術家です。今回も内容的にはほとんど差がないのですが、最後に勝利に結びつける豊島竜王の術が少し上回ったようです。とはいえ、藤井二冠もまだ苦手意識を持ったわけではないと思いますが」

苦手意識

 さて、世界は違うが苦手意識と言えば思い出すことがある。1970年代の大横綱・北の湖(優勝24回・故人)はなぜか「大ちゃん」と親しまれた大関・朝潮(現高砂親方)に極端に弱かった。連勝を止められることも6度ほどあり、これで優勝回数も減じられた。無敵のはずの北の湖が苦手な朝潮との対戦になると、仕切っている最中から不安そうな表情になり、そわそわしていたものだ。その点、横綱時代の大鵬(優勝32回・故人)は同じ相手に2度続けて負けることはまずなかった。たまたま星をこぼした相手には、次には恐怖感を与えるほどに徹底的に潰した。

 今後、藤井二冠が大棋士の大山康晴十五世名人や羽生善治永世七冠を目指すなら、北の湖ではなく大鵬にならなくてはいけないのだ。苦手意識を持ってしまう前に、年上の豊島を徹底的に潰さなくてはならない。キャリア差、年齢差は関係ない(もっとも北の湖は横綱、朝潮は大関だったから、朝潮と同列にしてはタイトルホルダーの豊島竜王には失礼かもしれないがご容赦を)。

「子供の頃からの負けてものすごく悔しがる力がマグマとなって今爆発している」とは藤井が通っていた「ふみもと子供将棋教室」(愛知県瀬戸市)の文本力雄さんの言葉だ。早指しだろうが、2日制だろうが、豊島に何度も敗れて藤井は悶々と悔しがっているはずだ。今後、ライバル豊島相手にマグマがどう爆発するか。次からの2人の対戦がますます楽しみである。

粟野仁雄/ジャーナリスト

粟野仁雄/ジャーナリスト

1956年生まれ。兵庫県西宮市出身。大阪大学文学部西洋史学科卒業。ミノルタカメラ(現コニカミノルタ)を経て、82年から2001年まで共同通信社記者。翌年からフリーランスとなる。社会問題を中心に週刊誌、月刊誌などに執筆。
『サハリンに残されて−領土交渉の谷間に棄てられた残留日本人』『瓦礫の中の群像−阪神大震災 故郷を駆けた記者と被災者の声』『ナホトカ号重油事故−福井県三国の人々とボランティア』『あの日、東海村でなにが起こったか』『そして、遺されたもの−哀悼 尼崎脱線事故』『戦艦大和 最後の乗組員の遺言』『アスベスト禍−国家的不作為のツケ』『「この人、痴漢!」と言われたら』『検察に、殺される』など著書多数。神戸市在住。

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