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藤井聡太、なぜ対局相手の大御所たちは“おかしくなって”しまうのか?魔力の秘密

写真・文=粟野仁雄/ジャーナリスト
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提供=日本将棋連盟

 将棋の藤井聡太七段(17)が驀進中だ。7月2日、愛知県豊橋市のホテルアークリッシュ豊橋で行われた王位戦七番勝負の第1局2日目を取材した。といってもコロナ対策で報道陣も主催社しか対局室には入れず、AbemaTVの中継が映される広い会場で終局を待つだけ。藤井が怒涛のように攻め続けて午後5時37分。2五金で木村一基王位(47)の玉に王手をかけると、木村は「負けました」と頭を下げ投了した。持ち時間の8時間をともに余す早い決着だった。

 駒の犠牲を重ねながら木村に迫る藤井。必然、守る木村の持ち駒は豊富になり、寄せ切れなければじっくりと逆襲されて藤井は危なくなる。昨年、46歳で初めてタイトルを取り感涙にむせんだ木村は「受けの名人」と呼ばれる寝業師だ。相手の攻撃を巧みにさばいてから反撃して勝つことが多く、藤井にとって「罠」も多かった。

 終盤へ入る頃、木村は68分も考えて3九馬と藤井陣の金にぶつけてきた。対して60分考えた藤井は、守らずに5三銀と攻めを続行した。1筋、2筋に封じ込められ、素人目にはすぐにも詰みそうに見える木村も簡単には詰まない。一手間違えれば逆転する。それでも藤井は決して間違わず確実に攻め切った。

初の2日制にも「よく寝られた」

 会見場に現れた藤井七段は「2日制の対局は初めてで、充実感もあったが、体力面ではちょっと課題が残った。次回はそのあたりに気をつけたい。いいスタートが切れたので、第2局もしっかりと指したい」と会見で話した。グレーの和服姿はもう堂に入っている。先勝された木村は「どこかで対応を間違えたかもしれない。苦しいと思っていた。結構がんばったつもりだったが、鋭い寄せだった。次は早く気を取り直して準備を進めてがんばりたい」と話した。

 最後は5三に打ち込んでいた銀も、木村の玉の逃げ道を塞ぐ存在になっていた。会見で筆者が藤井に「3九馬と指されたとき、金を守っておいたほうがいいと思わなかったですか?」と訊くと「直前の4五桂から、急所を外してしまったので……(以下、聴取できず)」。「藤井さんから見て木村王位の悪かった手は?」と訊くと「精査してみないとわからない」。「ほとんど攻め続けて勝つのは気持ちがいいのでは?」には「いやあ」と否定的で「局面、局面で最善手を指していきたい」と落ち着き払って答えた。

 この日は藤井にとって初めての2日制の対局だった。1日目を終えた時の「封じ手」について藤井は、「まったく経験がないので、できれば木村王位に封じてもらいたかった」と不安を吐露した。封じ手は藤井ではなく木村だった。「よく寝られた」と藤井。封じた側が「しまった」などと後悔して寝られなくなったりもする。これも幸いだったか。

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撮影=筆者

 2つのタイトル戦に挑戦している藤井。渡辺明三冠に挑む棋聖戦(五番勝負)も先勝。第2局は矢倉という駒組から玉を守っている金を早々に攻撃に繰り出す、定石を覆す大胆な手で圧勝している。

 これで、タイトル戦も負けなしの3連勝だ。早ければ7月9日の棋聖戦で渡辺に勝利すれば、屋敷伸之九段(48)の18歳6カ月を破り、17歳11カ月という最年少でタイトル取得となる。ちなみに藤井は7月19日で18歳になる。

相手が誰でも同じ

 藤井を子供の頃から教えた「ふみもと子供将棋教室」(愛知県瀬戸市)の文本力雄さんは、「対局中は盤面集中だけです。相手のことを気にしたりしない」と話す。相手が羽生善治永世七冠だろうが、加藤一二三九段だろうが、自分より格下だろうがAI(人工知能)だろうが関係ない。

 このあたり、20歳で三冠となった囲碁界のニュースター芝野虎丸と酷似する。芝野の師匠である洪清泉四段も「どんな大先生が相手でも全然委縮しない。盤面集中するだけ」と話してくれたことがある。まだ、社会経験も浅く、相手の地位などに委縮することもない。「相手に失礼にならなければいい」だけで対峙できる若さの強み。

 例えば藤井は、初手を指す直前に必ず水分を補給する。先手番だろうが後手番だろうが。格上の大棋士が先手で初手を指し、「さあ、どう来る」と待ち構えていても、悠然と飲料を飲んでから指すのである。

 昨年2月の「朝日杯将棋オープン」。筆者がカメラマンとしてレンズを向けていた時、「それでは始めてください」と言われた先手番の藤井が平然とペットボトルの飲料を飲みだすものだから「あれっ、先手と後手を聞き間違えていたか」と、慌ててレンズを相手のほうに向けたことがある。注目される棋戦は報道対応もあり、2人が着座してから「始めてください」まで結構時間がある。「飲むのならその間に飲めばいいのに」と思ってしまう。しかし、そんな些細なところにも「自分流」を崩さないその姿勢が強さの一つなのだ。

 さて、羽生が非公式戦で藤井に破れて話題になった頃も、大御所たちは「来るなら来い。俺が止めてやる」といった気概で臨んでいたが、最近は次第に、その気迫が感じられない気がする。渡辺三冠にしても藤井が「と金」で攻めこんできた攻撃に対して、普通にと金を取って受ければいいと思う場面も、金を最下段に下げて逃げるという別の手を指して余計悪くしてしまったりしている。

 藤井七段に対して意識過剰になっているのか、「藤井の手だ。何かあるはず」と考えすぎてしまうのか。藤井は相手を惑わそうと意識して指しているわけではないし、その程度の「はったり」で勝てるほど甘くはない。しかし、彼は普通に指していても相手がおかしくなってしまうような魔力もあるようにも見える。

粟野仁雄/ジャーナリスト

粟野仁雄/ジャーナリスト

1956年生まれ。兵庫県西宮市出身。大阪大学文学部西洋史学科卒業。ミノルタカメラ(現コニカミノルタ)を経て、82年から2001年まで共同通信社記者。翌年からフリーランスとなる。社会問題を中心に週刊誌、月刊誌などに執筆。
『サハリンに残されて−領土交渉の谷間に棄てられた残留日本人』『瓦礫の中の群像−阪神大震災 故郷を駆けた記者と被災者の声』『ナホトカ号重油事故−福井県三国の人々とボランティア』『あの日、東海村でなにが起こったか』『そして、遺されたもの−哀悼 尼崎脱線事故』『戦艦大和 最後の乗組員の遺言』『アスベスト禍−国家的不作為のツケ』『「この人、痴漢!」と言われたら』『検察に、殺される』など著書多数。神戸市在住。

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