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藤井聡太、早くも崖っぷちに…「AI漬け」から「対人研究」に戻った豊島将之に6連敗

文=粟野仁雄/ジャーナリスト
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藤井聡太、早くも崖っぷちに…「AI漬け」から「対人研究」に戻った豊島将之に6連敗の画像1
日本将棋連盟提供

 藤井聡太二冠(棋聖・王位)が10月5日に関西将棋会館で行なわれた王将戦挑戦者決定リーグで豊島将之二冠(竜王・叡王)に敗れた。これで同シリーズは初戦の対羽生善治九段に続き2連敗。渡辺明王将(名人)に挑戦するには残り1敗もできない上、たった7人の総当たりのため、かなり厳しい状況に陥った。豊島には一度も勝てずこれで6連敗。これはもう完全な天敵といっていいだろう。「見切り発車になってしまった」「実力が足りないのかと思います」など藤井の言葉に力がなかった。

 幼い頃から藤井が通った「ふみもと子供将棋教室」(愛知県瀬戸市)の文本力雄さんは「大橋貴洸さん(六段、藤井と同期)にも負け越していますが、同じ相手に6連敗するなど子供の頃から経験がなかったのでは。相当の衝撃で寝られないでしょう。苦手意識で力を出せなくなるようなことがなければいいけど」と心配する。

 藤井が豊島について持つかもしれない「苦手意識」について、筆者は藤井が5連敗した時、かつて横綱北の湖が大関朝潮を苦手にしていた例を挙げたが「たとえが古すぎたかな」と案じていた。ところが6連敗を報じた9月6日付のスポーツニッポンはさらに時代を遡り、巨人の長嶋茂雄が大洋ホエールズ(現横浜DeNAベイスターズ)のエース平松政次を苦手にしていた例を挙げていた。

 この対局、AI(人工知能)の評価値が99対1という「藤井圧勝」状況から、豊島の驚異の粘りでまさかの大逆転を食らったのだ。終始、押していた藤井は角を切って勝負をかけた。最後は2人ともが持ち時間を使い切り、息詰まる1分将棋になったが、豊島玉を詰め切れない。反撃に出た豊島の攻勢に白旗を揚げた。

 AI評価は必ずしも万能ではないし、基本的に人間が大きなミスをすることを想定しない。このため80対20がひっくり返るようなことはある。しかし99対1というのは、ほぼ詰んだ状態であり、実際は100対ゼロにしてもいいような場面だ。藤井が金で香車を取りに行った108手目が「失着」とみられる。とはいえ、99対1からひっくり返った対局は寡聞にして聞かない。

 文本さんは「地元で応援していたおばあさんたちは、AI評価でしか戦況がわからないから喜んでいたのに、逆転されて悲鳴が上がっていましたよ」と話す。

AI研究に長じる藤井と豊島

 藤井、豊島は共にAI研究には長じている。とくに豊島は近年、研究会などでの人間との対局研究をせず、もっぱらAI研究だった。ところが最近、対人研究にも戻ったという。雑誌「Number」(文藝春秋)の記事「藤井聡太と将棋の天才」のインタビューによれば、理由は「ソフトを活用して学ぶ序盤や中盤の感覚が煮詰まっています。さらに深く理解するために研究会を再開し、指した大局を複数人で掘り下げるのは有効かもしれない」である。

藤井聡太、早くも崖っぷちに…「AI漬け」から「対人研究」に戻った豊島将之に6連敗の画像2
藤井聡太二冠(日本将棋連盟提供)

 将棋などの強い人は図形的なものを頭に焼き付ける能力が高く、右脳が非常に発達しているとよくいわれる。しかし、NHKスペシャル『藤井聡太二冠 新たな盤上の物語』によれば藤井は通常、将棋を指すときに頭の中に盤面を描かずに、AIのように基本的に「3一銀」「2七角」などのように符号で組み立て、たまに盤面で考えるのだという。アマチュアでも強豪は、将棋盤を一切使わずに「7六歩」「3四歩」「2二角成」などと2人で言い合って終局までもっていくことができる。しかしアマ強豪でもプロでも基本的に盤面を頭に置いて指している。「たまに盤面」というのは驚く。 

 藤井は幼い頃から「ふみもと子供将棋教室」で目をつぶって詰将棋問題の駒の配置を聞いて解答したり、目隠しで対局する訓練を文本さんから受けていた。子供の時からそんな訓練をする将棋教室は珍しく、それがAI的な頭脳と共通しているかもしれない。

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豊島将之二冠(日本将棋連盟提供)

藤井は「AIと共存」

 さて、最初に将棋の棋士がAI(ボンクラーズ)に敗れたのは2012年、元名人・永世棋聖の米長邦雄だ(引退後の最晩年であり全盛期ではなかった)。

 1995年、千葉市で彼の講演を聴いたことがある。「兄貴たちは馬鹿だから東大に行った。私は賢いから棋士になった」と宣(のたま)うだけあって政治(作家・タレントの青島幸男が大方の予想に反して当選した東京都知事選挙)にまで及ぶ話は実におもしろかった。そのなかで彼はコンピューターに言及した。

「昔の名人などの棋譜は、これまでは図書館などで書籍を必死に探さなくてはならなかったが、コンピューターでその必要がなくなった。余った時間ができる分、いいのかもしれないがその程度。コンピューターは膨大なデータが入っている。しかし、だからといってそれを研究していれば将棋が強くなるものでもない。立派な広辞苑を持っているからといって名文は書けないのと同じですよ」

 筆者の記憶なので発言は字句通りではないが、当時、コンピューターはまだデータ集積の「辞書」でしかなく、米長による評価も低かった。それが後年にはAI自身が手を読むようになり人間と戦う存在になる。そしてついに2017年、現役名人だった佐藤天彦をAI(ポナンザ)が倒した。現在はAIに人間が勝てないことが明白になり、一時、盛んだった人間対AIの「電脳将棋」はあまり見られなくなった。

 藤井はAIについて「共存」と語っている。一方で「AI漬け」だった豊島は「対人間」にも回帰した。その豊島が藤井に6連勝したのはどこに差があったのか。多くの棋士がAIを使用して研究しているなか、藤井と豊島の2人はAIと人間の頭脳を考える上で最も興味を引く棋士である。

粟野仁雄/ジャーナリスト

粟野仁雄/ジャーナリスト

1956年生まれ。兵庫県西宮市出身。大阪大学文学部西洋史学科卒業。ミノルタカメラ(現コニカミノルタ)を経て、82年から2001年まで共同通信社記者。翌年からフリーランスとなる。社会問題を中心に週刊誌、月刊誌などに執筆。
『サハリンに残されて−領土交渉の谷間に棄てられた残留日本人』『瓦礫の中の群像−阪神大震災 故郷を駆けた記者と被災者の声』『ナホトカ号重油事故−福井県三国の人々とボランティア』『あの日、東海村でなにが起こったか』『そして、遺されたもの−哀悼 尼崎脱線事故』『戦艦大和 最後の乗組員の遺言』『アスベスト禍−国家的不作為のツケ』『「この人、痴漢!」と言われたら』『検察に、殺される』など著書多数。神戸市在住。

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