共謀罪はテロ対策に役に立つのか
このような状態で、共謀罪があったとして、どうして地下鉄サリン事件を防げただろう。
オウムのいくつもの事例を見るにつけ、地下鉄サリン事件を防げなかったのは、警察組織トップのやる気の問題が大きかったように思う。そして、捜査機関同士の連携や情報交換、そして適切な捜査がもっとなされていれば、事態は変わっただろう。たとえば、坂本事件で本格的な捜査が行われていたら、松本サリンも、地下鉄サリンも、3件のVX殺人・同未遂事件も、假谷さん拉致事件もなかったのではないか。
過去のこのような大失敗から、警察はきちんと教訓を学んでいるのだろうか。テロ対策という点では、そこが一番気がかりである。
オウム事件では、強制捜査が始まった後も、警察内部での情報共有が果たしてできているのか疑問に思う時もあった。同じ警察の間でも、部局が異なるとまったく情報共有ができていなかった事実に驚いたこともある。
地下鉄サリン事件当時に東京地検公安部の検事だった落合洋司弁護士も、今回の「共謀罪」について、「情報の収集・集約体制が整わないままつくっても、絵に描いた餅ですらない。地下鉄サリン事件の時に共謀罪があったとしても情報がないため、防げなかっただろう」と語っている(3月1日付朝日新聞)。
そもそも、共謀罪を使って、どのようにテロ防止をするのだろうか。内部告発でもなければ、組織内で密かに行われる謀議の段階で不正を見つけ出すことはほとんど不可能のように思える。しかし、告発者になんのメリットもない状況で、危険を冒して内部告発する人の出現を、そうそう期待できるものでもない。それを考えると、実際のテロ対策にはほとんど役に立たないのではないか。
それとも、この法案を成立させた次の段階で、捜査機関が人々の通信を自由に盗聴・のぞき見できるようにでもするつもりだろうか。多くの場合、取り締まりの対象である「組織的犯罪集団」かどうか、外形からはわからないので、最初からターゲットを犯罪組織に限定はできない。となれば、警察は一般人を含めた不特定多数の通話やメールの傍受をしてチェックするということになろう。
そうすれば、確かに悪だくみを見つけ、共謀罪での立件が可能になるかもしれない。だが、それは「通信の秘密は、これを侵してはならない」と定める憲法に違反するし、いくらオリンピックのためといわれても、そんなウルトラ監視社会を多くの人は望んでいないのではないか。
もし、日本で起きた最大規模のテロ事件である地下鉄サリン事件に学んで、「テロ」を防ぐために実効性のある法整備をするならば、それはこのような「共謀罪」ではなく、組織犯罪に関する司法取引の導入だろう。
前述のように坂本事件では、遺体の場所を示す地図を送り付けたのが、事件当時教団幹部だった岡崎であることを警察は把握していた。この時点で、首謀者の役割も含めてすべてを明らかにすれば、彼の刑事責任は減免され、その後の身の安全が守られる、という取り引きが提案されたとしたら、どうだっただろうか。
岡崎は、地下鉄サリン後に警察が本格的な強制捜査に入ってから、神奈川県警に「自首」した。警察の本気度を見極め、なんとか死刑は避けようとしたのだろう。ちなみに裁判では、自首は認められたが減刑はされず、死刑が確定している。