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木村誠「20年代、大学新時代」

日本学術会議に税金10億円拠出は適正か?下村元文科相の「答申ない」批判が的外れな理由

文=木村誠/教育ジャーナリスト
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菅義偉首相(「gettyimages」より)

 官邸の思惑を超えて、日本学術会議の任命拒否の波紋は広がっている。任命拒否リストは、杉田和博官房副長官の手書きの文書がもとになっているようだ。杉田副長官は、警察庁警備局公安第一課長や内閣官房内閣情報調査室長の職歴もあるので、そのような情報は入手しやすいのであろう。日本学術会議の会員ともなれば「政治的中立性」を要求されると考え、特定秘密保護法案や安保法案などの過去の発言や活動をチェックし、リストを作成したと考えられる。

 ところが、菅義偉首相が苦しまぎれに「会員の多様性」などを重視したと後付けの発言をし、除外された6名に女性や若手がいて、むしろ多様性を進める人選だったものだから、おかしくなってしまった。政府の政策に批判的な意見を表明したことがある研究者の日本学術会議への任官を、理由をはっきりせずに拒否した政府の決定には、学問の自由、言論・思想の自由の侵害という批判が全国の各学会から沸き上がったのは、当然である。

日本学術会議のあり方に論点をすり替える政府

 それに対して政府は、もともとの本音である日本学術会議のあり方に論点をすり替える作戦に出た。下村博文元文部科学大臣は、自身の事務所のビデオで、日本学術会議は近年、政府に答申・勧告などをしていないとして、この際、欧米のような民間法人にすべきと主張している。毎日新聞の記事では、その論拠のひとつとして、国の政策である軍事研究に協力しないことも挙げている。

 同様に、井上信治科学技術担当大臣は、日本学術会議はデュアルユース(民生としても軍事としても利用できる科学技術)を検討すべきだ、という考えを表明した。政府の狙いのひとつを、最もはっきりと打ち出したものである。

 平和憲法のもと、1950年に学者や研究者の集まりである日本学術会議が「戦争を目的とする科学の研究には絶対従わない決意の表明」を、1967 年にも「軍事目的のための科学研究を行わない声明」を出しており、一部の例外を除いて、基本的に学術研究者は軍事研究を避けるべきというモラルを共有していた。

 ところが、2017年度予算で、防衛省の「安全保障技術研究推進」制度の研究助成金が、前年までの6億円から110億円に急増した。財政難で年金支給額の削減や医療費の自己負担増が検討されている中、まさに異例であった。これは、時の安倍政権の軍産学連携強化の方針に沿うもので、軍事研究だけでなく軍事産業のビジネス上の狙いもあったと思われる。

 この安全保障研究費の大幅な増額によって、デュアルユースであっても、米軍はもちろん防衛省が助成の対象とする研究はすべて軍事的に活用できる研究である、と政府自らがお墨付きを与えたのだ。

主要大学で軍事研究に歯止めの方針

 それに対し、日本学術会議は2017年4月の総会で、1967年の声明を継承するという方針を決め、主要大学では軍事研究を拒否する方向を再確認する動きが続いた。

 たとえば、東京工業大学は、防衛省や米軍からの軍事に応用できる基礎研究の助成募集について、少なくとも2017年は応募を認めない方針を打ち出した。声明の内容に即して助成への学内応募要領を見直すために、学内で議論する期間が必要という判断だ。今までは、研究成果を公開する原則などが順守されている助成に対しては応募を容認していた。

 軍事研究費の助成に対して、続いて、広島大学、長崎大学、琉球大学などの国立大と、関西大学、法政大学などの有名私大が全学的に応募を当面認めない方針を打ち出した。最近は、北海道大学でも軍事研究をめぐって反対が起きている。

 現在では、大学の研究者の中にも軍事研究肯定派がおり、特に若手研究者などに肯定派も増えているといわれる。日本の大学に大きな影響を与えた日本学術会議の2017年の声明は、前述の井上科学技術相の意見表明につながったと思われる。

 大学教授などで構成する公務員団体の日本学術会議に税金を10億円も拠出するのはおかしい、純粋な民間団体に衣替えしろ、という意見は、政府の動向を受けてネットなどで活発化しており、どうも大衆受けしているようだ。ネット右翼だけでなく、テレビ番組のコメンテーターの意見にも影響されているのであろう。菅首相も、国民の理解が進んでいるかのように自賛している。

日本学術会議は国民のためにある

 日本学術会議は210名の会員と約2000名の連携会員で構成され、会員は特別職、連携会員は一般職の国家公務員(非常勤)となる。いずれも任期は6年で、3年ごとに約半数が任命替えされる。会員は再任できない。特別職の公務員となる会員は内閣総理大臣から任命され、連携会員は日本学術会議会長から任命される。

 下村元文科相は、日本学術会議からの答申や勧告がないと批判しているので、2200名あまりの会員の働きの成果を具体的に調べてみた。ちなみに、答申は諮問機関(この場合、日本学術会議)が諮問を受けた事項について、行政官庁に意見を具申することである。政府が諮問したのに答申なしではサボタージュであるが、下村元文科相の批判では、そもそも政府が諮問したかどうかが判然としていない。

 そこで、2020年9月の1カ月で、同会議がどのような提言や報告を、政府でなく、我々国民に提示していたか。驚くべきことに、下表のように1カ月間で25本の提言・報告をしているのである。

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 まさに多分野にわたり、内容も多様性に富んでいる。日本でも最高レベルの学者が研究成果を踏まえた、英知の結集ともいえる。日頃、学問の恩恵を直接感じることが少ない高齢者や主婦にとっても、身近なテーマが多い。

 数カ月から数年をかけた専門家のチームワークによる努力の結実ともいうべき提言・報告が、月に25本も出ているのだ。他にも、国際学会の責任者になるなど国際学術交流も担っている。これでも、日本学術会議は国民生活への寄与が少ないというのだろうか。

 ちなみに、防衛省の研究助成金は2020年度で120件応募、採用は21課題であった。また、国会議員が関係する政治団体が2019年分の政治資金収支報告書を36億円の国費を投じたオンラインシステムを使って提出した割合は、全体の1.13%にとどまっている。

 国費は国民の金であり、政府への賛助金ではない。日本学術会議の10億円問題を契機に考えるべきことは多い。

(文=木村誠/教育ジャーナリスト)

木村誠/大学教育ジャーナリスト

木村誠/大学教育ジャーナリスト

早稲田大学政経学部新聞学科卒業、学研勤務を経てフリー。近著に『ワンランク上の大学攻略法 新課程入試の先取り最新情報』(朝日新書)。他に『「地方国立大学」の時代–2020年に何が起こるのか』(中公ラクレ)、『大学大崩壊』『大学大倒産時代』(ともに朝日新書)など。

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