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菅政権「スマホ免許証」計画が危険かつ不便極まりない…苦肉のマイナンバーカード普及策

文=明石昇二郎/ルポライター
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「マイナンバーカード総合サイト」より

空振り続きの「マイナンバーカード普及策」

 マイナンバーカードの普及が進まない。普及率は12月22日時点で23.9%にとどまっている。まだ市民の4人に1人しか持っていない計算になる。

 新型コロナウイルスの感染拡大を受けて今年5月に始まった現金10万円の一律給付「特別定額給付金」事業では当初、政府が運営するマイナンバーカードのポータルサイト「マイナポータル」を通じてオンライン申請すると、そうでない場合よりも迅速に給付されるとPRされた。そのため、マイナンバーカードを持っていない人々が同カードをつくるべく行政窓口に殺到。5月からの2カ月間でカード交付の申し込みがなんと260万件にも上ったのだという。しかしながら、同カードが入手できるまでには申請から1カ月ほどかかり、5月の時点で同カードを持っていない人は現金10万円を「迅速に給付される」恩恵には与れなかった。

 それでもこの結果、カード普及率は多少伸びた。だが、肝心の現金10万円オンライン申請ではトラブルが相次ぐ。マイナンバーカードを使って申請するとかえって給付が遅れてしまうという、冗談のような想定外の事態まで発生し、政府自らカードの普及に急ブレーキをかける格好となった。つまり、マイナンバーカードの評判はすこぶる宜しくない。

 それでもマイナンバーカードの普及に執念を燃やす政府は9月、同カードを持っている人に最大5000円分のポイントを付与する「マイナポイント」事業を開始。新内閣を発足させたばかりの菅義偉首相は9月25日、2年半後の2022年度末までにマイナンバーカードを日本の全住民に行き渡らせるとぶち上げ、カード普及策をさらに加速させるよう指示したのだった。

 そこで登場してきたのが「スマホ免許証」計画である。マイナンバーカードに内蔵されているICチップに運転免許証の情報を登録し、ゆくゆくは免許証の機能をスマートフォンにも持たせようという「モバイル運転免許証」制度案――のことだ。

 なにせ「マイナンバーカード普及策」の一環なので、運転免許証に内蔵されたICチップの情報をもとに「スマホ免許証」を利用できるようにするわけではなく、今の計画では、あくまでもマイナンバーカードを経由させないと「スマホ免許証」は交付してもらえないみたいだ。決して評判が良かったとは言えない「マイナポイント」事業に続く、マイナンバーカードを持っている人だけが得する特典のひとつなのだろう。

便利なようで、かえって不便になりそう

 では、「スマホ免許証」が導入されれば、クルマを運転する際、運転免許証もマイナンバーカードも携帯する必要がなくなるのか。もしもの時のために、免許証もマイナンバーカードも一緒に持ち歩かなければならないのだとすれば、免許証の情報をわざわざモバイル端末にコピーする意味がない。

「もしもの時」とは、次のような事態のことだ。「スマホ免許証」さえ持っていれば運転OKとなった場合、誰でも思いつく心配事は、運転中にスマホの充電が切れてしまい、免許証の情報を表示できなくなった場合、どうなるのか――ということである。スマホ自体が突然故障してしまった場合にも、同様の問題は起こりえる。

 常識で考えれば、「免許証不携帯」(道路交通法第95条違反。反則金3,000円、違反点数はなし)扱いになるのだろう。充電切れに対処するため、交通取り締まりをする警官に、スマホ用充電器を常に用意させておくことも考えられるが、さすがの警官でもスマホの故障までは直せまい。

 現行の運転免許証を紛失した場合、再交付してもらうには運転免許試験場や警察署などに出向く必要があるが、即日再交付してもらえる。しかし、マイナンバーカードを運転免許証として利用していた場合、再交付までには概ね1カ月かかり、その間は運転できなくなる。

 さらに問題がありそうなのは「スマホ免許証」のケースである。スマホを壊したり紛失したりした場合、復旧するまでどのくらいの期間を要するのだろう。紛失したまま出てこない場合は、新しいスマホを購入し、これまで使っていたアプリをダウンロードしてアカウントを移行させる手続きが必要になる。恐らく「スマホ免許証」にしても、同様の手間が必要になるだろう。故障した場合は、修理するのか買い替えるのかによって、復旧までにかかる時間は大きく異なる。スマホが使えない時間が長引けば長引くほど、「スマホ免許証」が利用できない時間も長引く。最良の対処方法は、「マイナンバーカード免許証」や「スマホ免許証」の導入後も、運転の際は現行の運転免許証を欠かさず携帯しておくことである。

 次元の異なる問題として、スマホが乗っ取られるケースも考えられる。運転免許証は身分証明書として利用される機会も多い。貴方の運転免許証データがハッキングされてスマホから流出し、複製されてしまえば、詐欺などの犯罪に悪用される恐れもある。

 スマホの利用価値が上がれば上がるほど、どんなセキュリティ対策が取られていようと、あらゆる手段を使ってサイバー攻撃を目論む輩が世界規模で現れてくる。「スマホ免許証」は、そんな彼らが一般庶民のスマホにサイバー攻撃を企てる動機になってしまうかもしれない。

 災害発生時に、電波が届かなくなる事態にも備えておく必要がある。スマホ自体は壊れていなくても、携帯電話の中継基地が地震や津波、台風などで破壊され、スマホが使えなくなる事態は近年、日本のそこかしこで毎年のように発生している。そんな心配までしなければならないシロモノを、いったい誰が欲しいと思っているというのだろう。

 こうした心配は、現行の運転免許証であればする必要がなかった。しかし「スマホ免許証」時代が到来すると、本稿で指摘していないような予期せぬ事態や、未知の社会問題まで出現する恐れがある。それに立ち向かい、責任を全うする覚悟が、菅政権にあるのだろうか。

“おまけ”の普及に注ぎ込まれる1001億円

 そもそも「マイナンバー」事業は、12桁の番号を国民すべてに割り振ろうというもの。かつては「国民総背番号制」と言われ、国民からの評判は芳しくないものだった。しかし、実を言うとその作業はすでに終えている。身も蓋もない言い方をしてしまえば、「マイナンバーカード」事業や「スマホ免許証」案は、マイナンバー導入のための“おまけ”でしかない。

 それでも菅義偉政権は、マイナンバーカードの取得促進のため、来年度予算案で1001億円もの大金を割くつもりなのだという。一方、菅首相と杉田和博官房副長官による会員任命拒否で世間の注目を集めた日本学術会議に充てられる国の予算は、年間およそ10億円。マイナンバーカード取得促進の予算は、学術会議予算の実に100年分である。

「マイナンバーカード」や「スマホ免許証」を導入することで、いったい誰が得をし、どんなメリットを享受できるようになるというのか。本気でマイナンバー制度を日本に定着させようと思っているのなら、「マイナンバーカード」や「スマホ免許証」の普及を急ぐのは考え直したほうがいいと心から思う。
(文=明石昇二郎/ルポライター)

明石昇二郎/ルポライター、ルポルタージュ研究所代表

明石昇二郎/ルポライター、ルポルタージュ研究所代表

1985年東洋大学社会学部応用社会学科マスコミ学専攻卒業。


1987年『朝日ジャーナル』に青森県六ヶ所村の「核燃料サイクル基地」計画を巡るルポを発表し、ルポライターとしてデビュー。その後、『技術と人間』『フライデー』『週刊プレイボーイ』『週刊現代』『サンデー毎日』『週刊金曜日』『週刊朝日』『世界』などで執筆活動。


ルポの対象とするテーマは、原子力発電、食品公害、著作権など多岐にわたる。築地市場や津軽海峡のマグロにも詳しい。


フリーのテレビディレクターとしても活動し、1994年日本テレビ・ニュースプラス1特集「ニッポン紛争地図」で民放連盟賞受賞。


ルポタージュ研究所

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