菅義偉首相が所信表明で「脱炭素社会」を掲げ、日本も2030年代半ばに新車販売で「ガソリン車ゼロ」を達成することを目標に設定した。
これは全世界的に環境問題に取り組むというパリ協定の流れの一環で、小泉進次郎環境大臣が推進する、一見”環境にやさしく地球の未来を考えた取り組み”だが、実際はそうでもない。
この「ガソリン車ゼロ」が、日本の自動車産業に打撃を与え、雇用も破壊する「パラダイムシフト」となる恐れがある。それは、電気自動車(EV)がここから中国と台湾で世界を牛耳ることになるからだ。
第一に、EVはモーターで動くため、エンジン車と比べて部品が3分の1程度の約1万点で済むうえに組立がシンプルとなる。これまで、中国は他社のガソリン車をコピーしようと躍起になってきたが、機構が複雑で完成度が低かったことに対して、EVは比較的シンプルなためコピーするハードルが低い。すでにウォールストリートジャーナル(WSJ)でも、中国がEVの時代で”世界の自動車工場”になると指摘している。
第二に、自動車業界における”CASE革命”の技術の中心は、ほとんど半導体技術である。Cは「通信」を表して5G通信チップ、Aは「自動運転」でAIチップ、Sは「ライドシェア」でソフトバンクが世界の9割の配車アプリに投資済み、Eは「電動化」で電動モーターを駆動させるバッテリー技術とバッテリーマネジメントシステム用のチップだ。
日本の半導体産業はすでに台湾製品に押されて凋落しつつあり、通信にしろ、AIにしろ、日本企業には強みがない。バッテリーマネジメント用ICやリチウムイオン電池保護回路は、パナソニック半導体事業PSCSがかつて強みとしていたが、すでに台湾企業に売却された。
自動車のパーツが電子部品となることで半導体産業に強い台湾の天下となり、パーツ数が減って工程が簡素になることで中国のEV組立工場の強みが生かせる。
世界が「ガソリン車禁止」に向かい、日本政府もその流れに乗ることで、これまで日本経済を支えた自動車メーカーをはじめサプライチェーン内のガソリン車用部品企業などが衰退するということだ。
豊田章男氏が怒りの会見を開いたワケ
日本政府が「新車販売でガソリン車ゼロ」を掲げたことは、これからCASE革命で苦戦が強いられる日本の自動車メーカーを、ますます窮地に追い詰める行為といえる。そこで、政府の見解に対抗するように、2020年12月17日、トヨタ自動車代表取締役執行役員社長兼CEO兼CBOの豊田章男氏がオンライン会見を開いた。
豊田氏は理路整然と数字を基に説明を行ったが、その声には抑えきれない怒りがこもっていた。
雇用と産業を支えてきた自動車産業を、自国の政治家が潰そうというのだから、怒りは当然である。また、勢いよくスローガンを掲げているものの、産業界にそれを押し付けるだけで、政府としての対応をほとんど何も考えていない。
豊田氏が挙げた例では、そもそも日本は火力発電に77%依存しており、再エネ原発中心のフランスは火力発電が11%であるため、脱炭素社会の観点からすると、フランスの工場でつくられた自動車のほうがベターということになる。
EVがエコといえるかどうかは、それを利用する国の発電事情、比較対象の車種、走行距離によって異なってくるので、一概には言えないというのが現状だ。
それに、政府の言うとおりに400万台に及ぶ新車販売のすべてをEVにすれば、夏のピーク時に電力供給量が10~15%足りなくなる。それをカバーするには火力発電20基か原発10基が必要となり、太陽光発電で補おうとすれば森林伐採という環境破壊を避けられない。
さらに、EVをつくって試験すると、年間50万台の工場では毎日、一般家庭5000軒分の電力消費量が単に充放電されるという無駄が生じる。そのうえ、充電ステーションを拡充させるためには、14~37兆円のインフラコストが必要となる。
そういった全体像を「政治家は理解しているのか?」と、豊田氏は投げかけたのだ。
エコかどうか微妙なEV車を推進するワケ
現代の環境問題のほとんどは、中国が発端となっている。二酸化炭素排出量の28%が中国で世界最多、プラゴミの海洋投棄も28%が中国で世界最多となっているため、日本が二酸化炭素排出量を減らし、レジ袋を有料にしたところで、中国発の環境汚染を議論しないのであれば世界の環境は良くならない。
中国に配慮しながら世界各国の政治家が環境問題を掲げて自国の首を絞めたがる背景には、”環境利権”がある。太陽光パネルやEVを売り込みたいロビイスト団体からの献金や、充電ステーション事業を行う政商がバックに控えているのだ。
それが「気候変動問題への取り組みはセクシー」という、小泉大臣の意味不明発言の裏側なのかもしれない。菅首相や二階俊博幹事長が出入りすることで有名な銀座のフィクサーも補助金による充電ステーション事業を行っており、環境問題の裏には利権屋が飛びつく”美味しい”仕組みがあるようだ。
ところが、「トヨタはEVで遅れているから負け惜しみを言っている」と勘違いしている人も多い。それは完全な間違いで、トヨタはEVに関する研究開発も他社以上に資金を注いで行っているが、EVはリチウムイオンバッテリーの技術がまだ成熟しきったとはいえないのだ。
リチウムイオンバッテリーは、まだまだ火災や爆発などの事故が多い。電解液や極が可燃性であることも多く、事故の衝撃でセパレータが折れたり、浸水でショートしたりすると発火する恐れがある。
EVのリコールは世界でも相次いでいるが、原因のほとんどはバッテリーやバッテリーマネジメントシステムの不具合による火災である。さらに、EV事故が起こったときに、消防隊員側に電動自動車かガソリン車かを見分ける知識がなければ、二次災害につながる恐れもある。たとえば、単純に泡を掛ければ感電事故につながり、中途半端な量の水を掛ければバッテリーが発火してしまう。
もちろん安全性能を試験してから出荷しているので、そんなに簡単に二次災害が起こるわけではない。ただし、筆者は自動運転の実験で自動車メーカーの試験場に入ることもあるが、その際にEVが事故に遭った時は車体から離れて専門部隊を呼ぶよう厳しく指導される。ユーザーもリスクを認識すべきだろう。
トヨタがEVの技術を持ちながらも、小さめのバッテリーで済むハイブリッド車や燃料電池車(FCV)を推進してきたのは、企業として長期的な観点でより良い社会を築ける技術に注力してきたためであって、技術がないからではない。
トヨタは、世界各国でガソリン車ゼロ規制が始まったことを受けて、すぐにEV投入を発表したのを見ればわかるように、技術はあるが投入することに消極的だっただけである。消極的だったのは、リチウムイオンバッテリーに纏わる問題に懸念を持っていたためだろう。
世界は環境利権のために、総合的に見ればエコかどうかが微妙なEV車を推進し、ガソリン車廃止の潮流となっている。ガソリン車禁止の時代となれば、世界のEV車工場政策を進めている中国とEV車用半導体部品に強い台湾が世界の自動車市場を席捲することになり、日本の自動車産業が凋落するのは目に見えている。
そうなれば、日本の労働就業人口のうち8.1%にあたる約540万人にしわ寄せがくる。そこまで考えて政治家は「ガソリン車ゼロ」を宣言したのかと、豊田氏は世の中に問うたのだ。
62兆円規模の自国産業を潰しかねない環境政策を進める小泉大臣にとっては、国を支える産業も国民の雇用も興味はないということで、自動車産業に従事するすべての人々が怒るべきだ。
(文=深田萌絵/ITジャーナリスト)