秋篠宮家の長女、眞子さまの婚約内定者である小室圭さんのイジメに関する新たな証言が、1月14日発売の「週刊文春」(文藝春秋)で報じられた。小学5年生の頃、3年生の女子児童が「授業中に描いて教師に褒められた絵を、小室さんが休み時間に取り上げ、足で踏みつけて汚してしまった」という。
しかも、「文春」によれば、このことを女子児童が自分の母親に話し、驚いた母親が小室家に電話したところ、小室さんの母親の佳代さんは「ウチの子がそんなことをするはずがない!」と逆ギレしたらしい。ちなみに佳代さんは、最終的には息子のイジメ行為を認めて謝ったという。
小室さんのこうした言動の背景には、その頃神奈川県内の絵画教室に通っていたことがあるかもしれない。「ウチの子はバイオリンの天才なの」と吹聴していた母親の強い意向で国立音大附属小学校に入学した小室さんは、息子の絵画の才能も信じる母親の希望で、絵も習っていたのだ(「文春」)。
その後、小室さんが音楽や絵画の才能を開花させることはできなかった、少なくともプロの道に進むことはなかったところを見ると、母親は過剰ともいえる期待をかけていた印象を受ける。
親の期待は親自身の自己愛の投影
親がわが子にかける期待とは、親自身の自己愛の投影にほかならない。小室さんにかけられた期待の大きさを見ると、母親の佳代さんが人一倍強い自己愛の持ち主であり、それを息子に投影したのではないかと疑わずにはいられない。
もちろん、佳代さんには、息子にかけるしかない事情もあっただろう。小室さんが小学4年生のときに父親が38歳の若さで自殺し、一家は大黒柱を失った。そのため、以前にもまして佳代さんの息子への期待、すなわち自己愛の投影に拍車がかかったことは十分考えられる。
だが、それが小室さんにとって重圧になったのではないか。小学5年生のときには、かつて親友だった男子同級生を“ガキ大将”と一緒にイジメるようになったという証言もある(「文春」)。先ほど取り上げた女子児童に対するイジメ行為が認められたのも同じ時期だったことから、父親の死後、以前にもまして強くなった母親の期待に応えようとしたものの、現実には目に見える成果をあげられず、小室さんの心が悲鳴をあげていた可能性が高い。
しかも、一般に親から投影される自己愛に比例して本人の自己愛も強くなる。だから、母親の佳代さんから期待という形で自己愛を投影されるほど、小室さんの自己愛も強くなったはずだ。
自己愛が強くなるほど、自身を過大評価しがちで、「自分はこんなにスゴイはず」と思い込みやすい。だが、現実には周囲からそれほど高い評価を受けられないと、「理想の自分」と「現実の自分」とのギャップに直面して、怒りを覚える。
また、自己愛に比例して、認められたいという承認欲求も注目を浴びたいという自己顕示欲も強くなるが、それが満たされないと、ストレスになる。こうした怒りやストレスを発散する方法が、当時の小室さんにはわからなかったのではないか。イジメ行為は、そのはけ口だったというのが私の見解である。
小室圭さん母子を理解する鍵は自己愛
この「理想の自分」と「現実の自分」とのギャップが大きいという印象は、大人になった小室さんからも母親の佳代さんからも受ける。だからこそ、「背伸びしている」とか「分不相応」とかいう批判が世間から殺到するのだろう。
もちろん、「理想の自分」を追い続けることが必ずしも悪いわけではない。他人からどれだけ批判されようと、「理想の自分」を追い求めて成功した人はいくらでもいる。天才的な作家や芸術家はだいたいそうだ。
だが、並外れた才能があるわけでもなく、血のにじむような努力をしているわけでもないのに、いつまでも「理想の自分」を追い続けていると、“夢追い人”のままで終わってしまうかもしれない。
そうなっては困るので、大多数の人々は、ある年齢になると「理想の自分」を追い求めることをあきらめ、「現実の自分」を受け入れる。つまり「分相応」の生き方をするようになる。これは誰にとってもつらいことだが、そうしないと食べていけないので、どこかで断念するしかない。
ところが、なかには、いい年齢をして“夢追い人”のままのような人がいる。しかも、“夢追い人”であり続けることが経済的にも許される境遇の人がいる。こういう人を見ると、世の大多数の人は腹が立ってしかたがない。小室さんが反感を買う一因は、このあたりにあるのではないかと私は思う。
もっとも、小室さんはこれからも「理想の自分」を追い続ける可能性が高い。なぜかといえば、母親から溺愛され、その自己愛を投影されて育ったため、小室さん自身も人一倍自己愛が強いように見えるからだ。
この強い自己愛こそ、小室さん母子を理解する鍵になると思う。私は昨年末、小室さんが他人への攻撃を繰りしても、罪悪感を覚えず、反省も後悔もしない「ゲミュートローゼ(情性欠如者)」である可能性を指摘した。この「ゲミュートローゼ」が強い自己愛の持ち主であることは少なくない。自己愛が強く、自分が一番という思考回路なので、いくら他人を傷つけても罪悪感を覚えないのだ。
また、小室さん母子に「借りたお金であっても返さなくていい」という認識があるように見えるのは、<例外者>だからではないかと述べた。
<例外者>とは、「自分はもう十分に苦しんできたし、不自由な思いをしてきた」と感じており、「これはひどく不公正なことだ。自分は不利益をこうむったのだから、例外的な特権を求めてもいいはず」と思い込んでいる人間である。誰だって、それなりに苦労してきたはずなのに、そのことに思いが及ばず、自分だけが「例外的な特権」を求めるのは、やはり人一倍自己愛が強いからだろう。
自己愛が強そうな小室さんと結婚して、眞子さまは大丈夫なのだろうか? もしかしたら小室さんは結婚後モラハラ夫になるのではないかと危惧せずにはいられない。
(文=片田珠美/精神科医)
参考文献
ジークムント・フロイト「精神分析の作業で確認された二、三の性格類型」(中山元訳『ドストエフスキーと父親殺し/不気味なもの 』光文社古典新訳文庫)