「菅義偉首相は加藤勝信官房長官を見限って、河野太郎行革担当相を次期首相にする腹を固めましたね」――。新型コロナウイルスのワクチン接種の全体をとりまとめるために新設されたワクチン担当相に河野氏が就任した18日、ある自民党ベテラン議員はこう分析した。
政府は22日、首相官邸ホームページに特設サイトを開設し、河野氏の動画も公開した。河野氏は就任後の22日の会見でワクチンの準備状況について、米ファイザー社などから国民に必要な分量は確保していると明言するなど、意欲を見せている。
河野氏起用で支持率回復狙う
新設されたワクチン担当相だが、本来国民の危機管理は官房長官の所管であり、加藤長官が仕切るべき案件だ。これが河野氏に権限移譲されたことで永田町ではさまざまな憶測を呼んでいる。先のベテラン議員の解説。
「もともと菅首相は『俺の後に官房長官ができるのは加藤だ』と高く評価する一方、『官房長官は自分でできる』と言ってはばからない人です。加藤氏は典型的な官僚タイプで前任の厚労相の時、コロナ対応の最前線で右往左往して国民の不評を買ったことからもわかるように、危機管理能力は高くない。それで今のような鉄火場になって菅氏が前面に出てきたというわけです。ワクチン対応は厚労省だけでなく、国交省など他省庁にまたがる案件。『省庁の縦割りをぶっ壊す』のが好きな菅⽒は、同じような手法で国⺠的⼈気を獲得している河野⽒をコロナ対応の最前線に立てることで⽀持率回復を狙っている」
現在の菅政権に強い影響力のある自民党二階派からの加藤氏の評判がよくないことも、今回のポスト新設に影響したとの見方もある。昨年末、75歳以上の医療費窓口負担の2割引き上げの対象者の所得水準について、菅首相と公明党の意見が対立した際、調整を任せていた加藤氏がまとめきれず、菅氏が公明党の山口那津男代表と直談判し合意にこぎつけた。この際に、二階俊博幹事長の右腕である林幹雄幹事長代理がオフレコながらマスコミ全社の前で「官房⻑官がぼーっとしたやつだとダメだなあ」と公然と批判したという。実行力のなさを嫌う二階派の評価の低さが、加藤氏が本来官房長官の見せ場である危機管理の役割を担えなくなったことに直結したと言えそうだ。
「NHKはデタラメ」発言の背景
ワクチン担当相というポストの新設で、官邸内での意思疎通が十分にできていないことが明らかになった。河野氏は就任直後の20日、ツイッターでワクチン接種に関するスケジュールなどを報じたNHKの報道を否定した。ツイッターで「うあー、NHK、勝手にワクチン接種のスケジュールを作らないでくれ。デタラメだぞ」と発言し、NHKが報じた2月下旬をめどに医療従事者約1万人、3月中旬をめどに同約300万人などとするスケジュールを全否定した。
このデタラメ発言については、報道関係者から「厚労省のペーパーで裏どりできないのにこんなに具体的に報じるわけがなく、河野氏の思惑と違うだけ」(全国紙記者)とする見方が大勢だった。河野氏には自分の思惑や予定と違う報道について「事実誤認」「デタラメ」「ずさん」などと一方的にレッテルを張って論難する傾向がある。全国メディア記者によると、「もともと厚労省が用意していた計画があったが、河野氏が新設ポストに就任したことで白紙に戻された」というのが真相のようだ。
そもそも論として、菅氏は厚労省に関していい感情をまるで持っていない。昨年のダイヤモンド・プリンセス号への対応で厚労省側が「エビデンスがない」と乗客の船内への引き留めを拒否したことなどから、当時危機対応に当たった菅氏には「厚労省はごちゃごちゃ言うだけで、まったく頼りにできない連中」との印象が強く残っている。
自分が政権をとってからも、田村憲久厚労相の影は薄く、「意思決定はさせず、面倒な実務だけ押し付けられて倒れる寸前」(厚労省担当の全国紙記者)まで追い込まれている。田村氏は「厚労族のエース」とされてきたが、今回のタイミングでの厚労相登用について「総裁選で楯突いた石破派なので、面倒くさい役目をあえて押し付けた」(先の自民ベテラン議員)との声まで出る始末だ。
官房副⻑官にもかみつく
河野氏は報道だけでなく、身内の坂井学官房副長官にまでかみつき始めた。坂井氏は21日の記者会見で「6月までに対象となるすべての国民に必要な数量の確保を見込んでいる」と発言したが、河野氏は22日の記者会見で「政府内で情報の齟齬(そご)があった」と否定。古い情報が紛れ込んでいたとして、一般国民向けの接種時期は未定と説明した。突然の河野氏の発言に驚いたのか、坂井氏は直後の会見で河野氏の発言に対し、「河野氏の発言の趣旨、真意を確認中だ」と戸惑いを隠さなかった。このあまりの混乱ぶりに、二階幹事長が26日の記者会見で「論評するに至らないことだ。発言を片方が取り消すとか面倒くさい。よく調整してもらいたい」と苦言を呈する異常事態となっている。
ここからうかがえるのは、コロナ対応についての意思決定が混乱しているということだ。本来危機管理を担うべき、「加藤-坂井ライン」が蚊帳の外に置かれ、「菅―河野ライン」が優先され始めている。先の河野氏のNHK報道へのデタラメ発言も併せて考えると、菅氏がコロナ対応で必死になるあまり、「行革で目立ってきた河野に対応を一任して短期的な成果を上げたい」という本音が人事にまで反映され始めたということだろう。河野氏としても、これまでのスケジュールをすべて自分がひっくり返すことで、強い存在感を内外に示す狙いがあったとみられる。
河野氏、コロナ対応で次期首相競争でリード
スピード感を重視する菅氏らしい今回のポスト新設だが、旅行業界からの強い支持がある二階派からは「Go Toトラベルを早く復活させろ」と言われ、海外メディアから開催困難と次々に報じられる東京五輪についても利害関係者から「コロナを早めに抑えて開催を強行しろ」と言われ、苦肉の策という面もあるのは確かだ。
菅氏からすれば、東京五輪の開催スケジュールからいっても、2月7日までの緊急事態宣言中に抑え込むのはベストだが、2週間程度延長しても3月中ごろに抑え込めれば問題ないと考えているのだろう。しかし、Go To再開は確実に国内全体での感染拡大を招くことは必至で、菅氏は難しい政権運営を当面強いられそうだ。
一方、今回、行革とワクチンという菅政権の目玉ポストを兼務する河野氏は次期首相候補の筆頭に躍り出たといっていい。加藤氏に次期首相を禅譲するとの見方も菅政権発足当時はあったが、今回のワクチン担当相新設でその目は消えた。
コロナ禍で強い逆風が吹く菅政権がいつまで続くかは未知数だが、菅氏が今秋の自民党総裁選で再選を狙うとすれば、ここで河野氏が実績を上げるかどうかが一つのカギとなるのは間違いない。
もし河野氏がコロナ封じ込めに一定以上の成果を上げた場合、菅氏にとっては、河野氏が所属する麻生派の領袖である麻生太郎氏の支持を強く取り付けられるという副産物もある。麻生氏は前回の総裁選で河野氏の出馬を「まだその時じゃない」と引き留めた手前、河野氏を美味しいポストにつけた菅首相を無下にもできないからだ。
河野氏がコロナ封じ込めに手腕を発揮できるかが、今の永田町の最大の関心事と言えそうだ。
(文=松岡久蔵/ジャーナリスト)