近年、「住みたい街ランキング」で上位に定着していた武蔵小杉だが、その人気低下が激しい。リクルートが実施した最新の「住みたい街(駅)ランキング首都圏版2023」では14位となっているが、かつては2016年の4位を最高に、18年6位、19年9位とトップテンを維持していた。武蔵小杉はタワーマンションの街として知られている。武蔵小杉駅は6路線(JR横須賀線・南武線・湘南新宿ライン、東急東横線・目黒線、相鉄線)が通っていて都心へのアクセスが良い半面、朝の通勤時間帯の混雑は有名だ。さらに、JRと東横線の改札が非常に遠いため、乗り換えの道のりもかなり混みやすい。人が多くて歩きにくいため、乗り換えには10分近く歩かなければならない。
人気急落の原因について、住宅ジャーナリストの榊淳司氏は次のように話す。
「通勤時間帯の駅の混雑や不便さが知れ渡ってしまったのではないか。5~6年前に現地を取材したが、その時に比べてもタワマンが増えて住民も増えている。でも、駅のキャパシティ自体は変わらないので、住みにくさは高まっている。取材当時、朝は駅構内に入るまでに30分くらいかかるなんて話もあった。改札口を増やしたようだが、ホームは増やせないので、状況は変わらない。JRは横須賀線の本数はこれ以上増やせないと言っていた」
不動産用語で駅徒歩5分といっても、タワマンの場合は上層階に住めば、エレベーターの待ち時間を考えると、徒歩5分のスタート地点(玄関・ロビー)に行くまでに数分かかる。忘れ物をして戻るようなことがあれば目も当てられない。さらに、「武蔵小杉」と聞いてすぐに思い出すのは、19年10月の台風19号による多摩川の氾濫で、駅前のタワマンが浸水被害に遭ったことだ。
「水害に遭ったマンションも回復して1年間は売買がなかったが、取引は再開され、現在の価格は全然下がっていない。また、武蔵小杉全体で見てもマンション価格はまったく落ちていない。ただ、水害から4年近くたつが『武蔵小杉は水害に弱い』というイメージは定着し、それが人気低下へとじわじわ効いてきた部分はあるかもしれない」(榊氏)
武蔵小杉の開発はそろそろ終わり
水害をものともせず高値を維持する武蔵小杉は川崎市中原区に位置し、もともと京浜工業地帯の一角として、工場や社宅が多いエリアだった。バブル崩壊によって工場を撤退させたり、コストの安い郊外に移転させたりする企業が相次ぎ、その空き地をタワマン建設で再開発したのが現在の姿だ。約20年前まで人口は20万人前後を推移していたが、直近では25万人を超える成長を見せている。人口も世帯数も増加傾向にある。1Kのような一人暮らし用の物件でも2000万円前後の価格で取り引きされており、ファミリー層向けの物件だと5000万円前後になる。
「今は坪単価400万円台が当たり前で、そろそろ500万円に達するのではないか。ただ、その金額を出すのであれば、23区内のもっと便利なところに住むこともできるのだが」(榊氏)
武蔵小杉は、マーケティング的には東京の湾岸エリアと同じだと榊氏は言う。
「湾岸といっても江東区側の湾岸で、豊洲や有明などの新興タワマンエリア。購入者の属性が一緒で、世帯年収1000~1400万円ぐらいの人たちがペアローンで買っている。すごいお金持ちというわけではなく、ニューカマーのプチ成功者たち。ただ、武蔵小杉の開発エリアは駅周辺しかないので、武蔵小杉の開発もそろそろ終わりだろう。タワマンは、行政がいろいろ理由をつけて容積率などの規制緩和をしながら許可を出して協力しないと建てられない。今はタワマン批判もあって、これ以上は規制緩和しにくくなっている。一方、東京の湾岸はまだまだ空き地があるので開発されていく」
18年には、タワマン建設による駅周辺の再開発に反対する住民グループ「小杉・丸子まちづくりの会」が、まちづくりの見直しを求める陳情を川崎市議会に提出している。同会は当時、人口増による住環境の悪化を訴えていた。駅の混雑以外に、ビル風や日照時間の問題、保育園の不足などだ。首都圏で「住みたい街」として注目されてきた武蔵小杉が、「住んでいい街」になれるかどうかは今後の街づくりにかかっている。