画面のなかの粗い映像に、中年の男の顔が浮かんでいる。ふたつの瞳は画面を食い入るように見つめ、せわしなく動く口元からこんな言葉が発せられる。
「服を脱いで胸を見せて」
画面の枠の外にある右手の不穏な動きを、わずかに揺れる肩と影が克明に伝えてくる。男が画面越しに語りかける相手は、ピンク色のカチューシャをした「偽物の」少女だ。
これは、映画『SNS -少女たちの10日間-』のワンシーンである。
本作は、SNS上での児童虐待の実態を探るべく、オーディションで集まった18歳以上の幼い顔立ちの女優3人に12歳の少女を演じさせ、SNSで”友達募集”をする、というチェコ発のドキュメンタリー。
SNSでのチャットやビデオ通話はもちろん、ストーリーの後半では実際にコンタクトを取ってきた成人男性と対面。彼らがどのように子どもたちを「食い物」にしているのか、その手口からやりとりまでを捉え、実際の刑事手続きのために警察から映像提供を要求されたほどの衝撃作だ。
はじまりは、巨大な撮影スタジオに設置された3つの子ども部屋。部屋の真ん中では、ローティーンになりきった女優たちが眉を寄せてPCの画面を眺めている。
彼女たちが向き合うのは、インターネットを通じて子どもたちに向けられる、滑稽で禍々しい欲望の数々だ。
3人の少女の“友達”として名乗りをあげたのは、2458人の成人男性。子どもたちが親の知らぬ間に受けている「性被害」の実態
映画監督、バーラ・ハルポヴァーとヴィート・クルサークが手がけたこの実験的な作品は、「12歳の少女がSNSで“友達募集”をしたら何が起こるのか」という問いから生まれた。
舞台となったチェコでは、子どものうち、60%がフィルタリングなしのスマートフォンを持っているという。日本においても、内閣府の調査で「スマートフォンにフィルタリングを付けている」と回答した家庭はおよそ40%と、状況はあまり変わらないといえる。
【参照】内閣府「平成30年度青少年のインターネット利用環境実態調査報告書」(リンクはこちら)
子どもたちが当たり前にインターネットにアクセスし、SNSなどを利用するなか、チェコではスマートフォンを持つ子どものうち、41%が性的な写真を送られた経験があるそうだ。一方で、今作の制作に向け、オーディションに集まった23人の「少女」候補たちのうち、19人がローティーンの時に性被害にあった経験を告白しており、実際は41%という数値も過少申告なのではないか、と邪推してしまう。
こうした状況のなか、あらかじめ起こりうる性加害を予見し、スタッフは「少女」たちに8つのルールを提示した。
1.自分からは連絡せず対応するだけにする
2.必ず12歳だと強調する
3.こちらから誘惑や挑発はしない
4.露骨な性的指示はやんわりと避ける
5.何度も頼まれた時のみ裸の写真を送る(*偽の合成写真)
6.こちらから会う約束を持ちかけない
7.撮影中は現場にいる精神科医や弁護士などに相談する
8.FacebookやSkypeを利用する
この厳密なルールに加え、精神科医、性科学者、弁護士や警備員など専門家の万全なバックアップやアフターケアを用意して始まったこのプロジェクトだが、その結果は想像を絶するものだった。
12歳の少女に扮した彼女たちのもとにはアカウント開設直後から大量の“友達申請”が集まった。送り主のほとんどは成人男性で、実験を行なった10日間の間で彼らからの申請はなんと2458件に及んだ。
申請を送ってきた男の顔写真を見て「少女」たちは思わず悲鳴をあげる。
「おじいちゃんみたいな人が“話さない?”なんて!どうかしている!」
本来は自分を庇護するはずである父親や祖父と同世代の男性が、まるで同級生の男の子と同じような口調で口説いてくる、という事態が子どもたちにあたえる恐怖は計り知れない。
その上、彼らは平然とした様子で「少女」たちに裸の写真や性行為を要求したのだ。
子どもに性的暴力を加えているのは、あなたの隣人かもしれない。知りたくなかったインターネットの普通
共感、脅迫、懇願……ありとあらゆる手段を使って年端もいかない少女から性的な“素材”を搾取しようとする「おじさん」たちの姿ははたから見ると異常としか思えない。しかし、この映画が暴くのは「異常」が「普通」である危険な現実だ。
少女たちのアカウントの通知が鳴り止まぬ中、画面に映る男の顔を見て1人の女性スタッフが顔色を変え告白する。「知ってる人だわ」
「ロード・オブ・ザ・ノース」と名乗る男はスタッフの知り合いで、子ども関係の職についているという。この男の存在によって、視聴者は、子どもたちにとってインターネットで性被害に晒されることがいかに身近なことなのか、を実感せざるを得なくなる。
また、ルール「8. FacebookやSkypeを利用する」にある通り、作中で利用されるSNSは性的な出会い目的の人間のみを対象にしたものではなく、日常的な交流のために利用するものである、という点も非常に重要だろう。大人たちが普通に利用しているツールであっても子どもたちには凶器になりうるのだ。
今作が提示した普通の生活の中に潜む危険は、子育てをする保護者にとって、開けたくはないけれど開けなくてはいけないブラックボックスなのだ。
加害者を一つの枠に括る危険性をあぶり出す、独特のモザイク
映像のなかで、加害者の不気味さを引き立てるのが目元と口元以外にモザイクをかける、という独特の手法だ。
しかし、ぼやけた輪郭の中にくっきりと浮かぶ3つの暗部は視聴者の恐怖を駆り立てるだけではない。
週刊誌やワイドショーが報じるスクープの映像において、加害者の顔にはたいてい、目線かモザイクが施されていて、その瞳は秘匿されている。しかし、今作ではあえて普段隠されている場所のみが曝け出され、少女がどのような視線と対峙しているのかを視聴者に突きつける。
また、下卑た笑みを浮かべ、少女の裸の写真を手に入れようと巧みに動く口元からは、顔のほとんどを隠された男の表情を見出すことができる。
これらは、次々に現れる男たちの個性を切り取り、「子どもに性的暴力を振るう加害者」が決して一枚岩ではないことを表すギミックとしても作用しているのだ。
子どもに対し性的虐待を加えるのは、一目見ただけでもわかるほど異様で、性的に倒錯した男性である、という偏見は今なお根強いが、作中で登場した加害男性のうち妻やパートナーがいる、と語った人も少なくなかった。
実際、作中で性科学者が加えた解説によると、ある調査ではネット上で子どもを狙う加害者のうち、いわゆる小児性愛者の割合はわずか3〜5%だったという。
多くの加害者は「普通の人」としての顔をもっていて、日常の中でわたしたちがすでに出会っていたり、見知っていたりする可能性すらある。日本においても若者に人気のYouTuberがファンだった10代の少女に裸の写真を送信させたとして逮捕されたことは記憶に新しい。
「これほど最悪な虐待行為ははじめて見た」と弁護士は語った
今作は子どもの性被害の実態を暴き出した、という意味で非常に価値がある作品だ。しかし、より重要なのは、こうした被害について、多くの人がこの作品を通してしか知り得ないだろうということだ。
実際、撮影に参加した弁護士も「少女」たちのSNSでのやり取りを追うなかで「これほど最悪な虐待行為ははじめて見た」と驚きを隠せない様子だった。
冒頭でも紹介した通り、今作の制作の過程で得られた映像素材は一部チェコ警察に刑事手続きのための証拠として提供されている。
しかし、性的な写真を使った脅迫やリベンジポルノ、あるいは実際の少女のポルノ映像の共有など、明確に犯罪と定義できるものを除いた場合、「大人の肉体を持った自称12歳」の女優たちと男たちのやりとりは、肉体という点から見れば成人の男女が合意のもと、オンラインで性的な関係を持っていたに過ぎない。
「実際に起こっていない犯罪」を法律の中でどう評価するか、は非常に難しい問題であり、作中で登場した卑劣な加害者たちのうち、実際に逮捕にいたるのはほんの一握り、という可能性もある。
また、ともすれば、騙された上に匿名化されているとはいえ、プライベートなやりとりを晒された男たちが被害者として制作側を訴える可能性もあるのではないだろうか(子どもに性加害をする人間であることが知れ渡ることと引き換えに訴えを起こす人もなかなかいないだろうが)。
作中に登場した男たちのやり口を見ていると非常に手慣れており、長年このような犯罪行為を繰り返してきたのではないか、と推察できる。そうした中で、市井の人間が「おとり捜査」という危ない橋を渡らなければこの実態を把握できなかった、という事実自体が大きな問題だ。
SNSサービスにおける児童虐待の規制の不足について作品のなかでも指摘されていたが、それだけでなく、家庭や公共の仕組みのなかで、未然に被害を防ぎつつ、被害が認められた場合の迅速で厳密な対処を行うことも重要だろう。
そういう意味で、力強く、社会の暗部をスクリーンの外側に突きつけた今作の本当の価値は見ることではなく見た後の行動にあるといえる。
知っていたけれど、知らない、子どもたちを取り巻く危険な世界を覗き見て、あなたは何を思い、何をするだろう?
『SNS-少女たちの10日間-』
SNSで子どもたちが直面する危険をありのままに映し出す、チェコ発の恐るべきリアリティショー。2021年4月23日(金)からヒューマントラストシネマ渋谷、新宿武蔵野館、池袋シネマ・ロサほかで公開。作品公式サイトはこちら、作品トレーラーはこちら。
監督:バーラ・ハルポヴァー、ヴィート・クルサーク 原案:ヴィート・クルサーク 出演:テレザ・チェジュカー、アネジュカ・ピタルトヴァー、サビナ・ドロウハー 上映時間:104分 配給:ハーク