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「相馬勝の国際情勢インテリジェンス」

河野太郎外相、多忙の合間縫い土日に香港訪問の「目的」

文=相馬勝/ジャーナリスト
河野太郎外相、多忙の合間縫い土日に香港訪問の「目的」の画像1河野太郎外相の公式サイトより

「(中国共産党の)一党独裁を終わらせろ」「林鄭月娥(キャリー・ラム)香港行政長官は即刻、辞任しろ」――。香港では7月1日、中国への返還21周年に合わせて、主催者発表で5万人が参加しての民主化要求デモが行われた。筆者も香港に飛び、返還21周年を迎えた香港を取材した。

 この日は特別行政区政府主催の記念式典が行われ、ラム行政長官(60)をはじめ、董建華氏ら初代から3代までの長官経験者や政府高官、経済界代表らが顔をそろえた。式典ではまず、香港島の金紫荊広場(ゴールデン・バウヒニア・スクエア)に中国の国旗と香港の旗が掲揚され、ラム長官らがあいさつ。昨年の返還20周年の節目となる式典には、中国の最高指導者である習近平国家主席が駆けつけたが、今年は中国政府要人の姿はなく、こぢんまりとした式典となった。

 これは民主化デモも同じで、デモ開始の1時間後には亜熱帯の香港特有のゲリラ豪雨がデモ隊に襲いかかったこともあり、デモ参加者は昨年の6万人を1万人も下回る5万人と低調だった。警察発表では9800人と1万人を割り込んだ。
 
 現地の外交筋は「香港の民主派の影響力は毎年、弱まる傾向がはっきりとしてきた。これは中国の強権姿勢を受けて、ラム長官ら香港指導部が民主派に厳しい姿勢で臨んでいることがある」と指摘する。

 習氏は昨年の香港における重要演説で、「香港の独立は絶対に許さない」「香港の1国家2制度(一つの国に社会主義と資本主義の共存)の前提として、(香港は中国の領土の一部であるという)1つの国家が重要であり、それは2制度よりも優先される」と強調。香港の民主派や独立派を強く牽制し、場合によっては武力の行使も辞さないとの態度を明らかにした。

 これを受けて、ラム氏ら香港当局は14年の「雨傘運動」といわれる大規模民主化デモを主導した学生団体の元幹部を告発し、裁判所も実刑判決を下しており、民主派や独立派への政治的な弾圧が現実のものとなっている。このため、雨傘運動の主体となっていた若者を中心に、政治離れが急速に加速している。

 ある香港市民は「雨傘運動のときには、学生や社会人の若者は我も我もと運動に参加し、警察の排除行動も体を張って跳ね返していたが、いまや民主化活動に参加するのは、一部の指導者だけとなっている」と明かした。

 これはラム氏の政策が奏功したかたちであり、いわゆる民主派勢力の多くは仕事に専念するか、カナダや英国などの外国籍を有する香港在住の市民の一部は、この1年で香港を離れているという。

 前出の外交筋は、こう指摘する。

「ラム氏は女性ということもあり、これまでの3代の男性長官よりも言動はマイルドで過激な言葉を口にすることもないので、一般市民から支持されている。また、40年もの行政官として経験から、法律や行政機構などの民主派を攻撃するツボも心得ており、習氏ら中国指導部も、ラム氏の1年間の香港統治に及第点を付けているのではないか」

北朝鮮制裁めぐり要請か

 中国本土との関係が良好に進展していることで、ラム氏は諸外国との外交関係に配慮する余裕が生まれているようだ。

 外務省のHPによると、河野太郎外相が3月24、25日の土日を利用して香港を訪問し、約1時間50分間にわたり、ラム氏とワーキングランチを行っている。その結果、「ラム氏が11月1日に東京で開催される大型シンポジウム『think GLOBAL, think HONG KONG』に出席するため日本を訪問する意向を表明し、河野大臣は行政長官による8年振りの訪日に心から歓迎の意を表明した」という。

 また、その際に「河野大臣から、東日本大震災以後に実施されている指定5県(福島・茨城・栃木・群馬・千葉)の一部産品の輸入停止等の措置の撤廃について働きかけた」とあり、ラム氏が訪日時に、それらの一部産品の輸入停止措置などの撤廃を発表するとの観測も出ている。

 香港人の親日ぶりは有名で、香港の訪日客の2割以上が「過去に10度以上訪れた」という驚異のリピート率を誇っており、大震災の被災地となった5県の一部産品の香港輸入停止措置などが撤廃されれば、被災地の救済につながるだけに、河野外相もラム氏に力説したに違いない。

 しかし、多忙を極める外相が土日の休日を使って、それだけのために香港を訪問しなければならないのかとなると、それは疑問だろう。外務省HPには、最後に次のように記載されている。

「この地域の平和と安定にとっても重要な課題である北朝鮮問題についても話が及び、双方は関連の国連安保理決議の完全な履行を含め、あらゆる方法を通じた最大限の圧力を継続するため、連携を強化することで一致した」

 これについて、在京外交筋はこう解説する。

「河野外相の香港訪問の最大の目的は、北朝鮮への制裁強化だ。当時は米朝首脳会談も決まっておらず、経済を中心とした北朝鮮の制裁を強化することが急務だった。香港はアジアにおける海運の要衝であり、世界中の海運会社が集中しており、北朝鮮とビジネスを持つ海運会社や船舶も多い。それだけに、他国が香港を経由して北朝鮮に制裁物資を運ぶ可能性もあり、香港が制裁の抜け穴にならないように、河野外相がおっとり刀で駆けつけたと考えるほうが自然だ」

 しかし、香港は前述したように中国指導部の意のままだ。習氏は北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長と兄弟同然の関係を構築しつつあり、中国はいまや対北制裁の緩和を主張しており、河野外相の香港訪問の成果は、指定5県の一部産品の輸入停止措置などの撤廃だけにとどまるという可能性も否定できないのである。
(文=相馬勝/ジャーナリスト)

相馬勝/ジャーナリスト

相馬勝/ジャーナリスト

1956年、青森県生まれ。東京外国語大学中国学科卒業。産経新聞外信部記者、次長、香港支局長、米ジョージワシントン大学東アジア研究所でフルブライト研究員、米ハーバード大学でニーマン特別ジャーナリズム研究員を経て、2010年6月末で産経新聞社を退社し現在ジャーナリスト。著書は「中国共産党に消された人々」(小学館刊=小学館ノンフィクション大賞優秀賞受賞作品)、「中国軍300万人次の戦争」(講談社)、「ハーバード大学で日本はこう教えられている」(新潮社刊)、「習近平の『反日計画』―中国『機密文書』に記された危険な野望」(小学館刊)など多数。

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