山形県鶴岡市が市職員に出した文書が世間に波紋を呼んだ。朝日新聞デジタルは21日、記事『忘年会、新年会は「積極的に参加を」 山形県鶴岡市が職員に呼びかけ』を公開。記事によると、同市は総務部長名の文書で職員に対し文書で、新型コロナウイルス感染症の影響で冷え込んだ飲食業界の消費を喚起するために、忘年会・新年会を積極的行うよう、通達したというのだ。同記事は次のように伝える。
「マスク着用やコロナ対策店の利用、2時間以内の会合といった感染対策を求める一方で、人数制限への設定はなく、忘年会・新年会は『積極的に行うこと』とした」
記事を読む限りだと、市の労務管理部門の長である総務部長が、約1900人の職員に対して、忘年会・新年会を行うことを指示したかのようにも取れてしまう。鶴岡市職員課にこの記事について問い合わせてみたところ、文書の原本を示された。文書は同市役所の公式サイト上でも閲覧できる。以下、原本を原文ママで引用する。
「令和 3 年 10 月 15 日
職 員 各 位
総 務 部 長
職員の飲酒を伴う会食・会合について
職員の飲酒を伴う会食・会合については、長引く飲食の自粛が地域経済に及ぼす影響を鑑み、市内飲食店への支援及び消費喚起による経済の回復のため、下記に留意して実施・参加するようお願いします。
なお、実施・参加にあたっては、感染リスクを常に意識するとともに、市民サービスを支える公務員の自覚のもと、市職員としてふさわしい行動に努めてください。
記
・ 会話を行うときはマスクを着用する等、感染防止対策を徹底すること。
・ 新型コロナ対策認証施設等、感染対策が講じられた店を利用すること。
・ なるべく普段一緒にいる人(職場、家族等)と、2 時間以内を目安に行うこと。(人数制限は特に設けておりません。)
・ 忘年会、新年会については、厳しい業界に寄り添った対応として、積極的に行うこと。
※ なお、感染状況により見直す場合があります。」
どうやら文書は「お願いベース」であり、忘年会の実施を職員に命じているわけではないようだ。鶴岡市職員課の担当者は話す。
「報道を見た読者の方や医療関係者の方などからお叱りの電話などがたくさんありました。文書は、忘年会をするのであれば、感染症対策をしっかり行ってくださいというのが趣旨です。忘年会、新年会の実施を職員に指示しているものではありません。
市役所庁内や市内3つの温泉地域の関係者の方々から『今年の忘年会はどうすればいいのか』という問い合わせがたくさん来ていました。13日に山形県さんが発表された『会食心得』に沿って作成されました。県内の他の自治体さんも公開や記者発表をしていないだけで、同様の文書を職員に配布しているのですが……」
鶴岡市の文書のもとになった山形県の「会食心得」
同市職員が言及する「会食心得」は山形県が13日にまとめたものだ。知事部局職員約4000人を対象に、コロナ下で経営の苦しい飲食業界を支援するという趣旨の元、作成された。以下に会食心得を全文ママで引用する。
「県職員の会食心得10か条
飲食店への支援及び県内経済回復のため、感染対策以下の点に十分留意しながら、県職員が率先して会食を実施し、又は参加する。
一.コロナ認証店等を利用
一.なるべく普段一緒の人と(当面の間は10人以下を目安に)
一.他グループとの接触は避ける
一.長時間は避ける(長くとも2時間)
一.会話は、常に不織布マスク着用
一.お酌はしない(上司への気遣い不要)
一.深酒、はしご酒は控える
一.飲酒を伴うカラオケは厳禁
一.体調が悪い場合は参加しない」
組織として参加指示のある忘年会は「業務」の可能性
総務省OBは語る。
「山形県さんと鶴岡市さんの文書は『お願いベース』です。コロナ禍で苦しむ飲食店支援のため、“職員個々人”を対象とした需要喚起の呼びかけなら問題にはならないでしょう。
ただ、仮に『組織として職員に忘年会を行うよう指示した』ということになれば、コロナ禍の感染症対策として適切かどうか以外にも問題が生じてきます。つまり『自治体が忘年会を組織的業務として行う』ということになってしまうのです」
職業紹介大手エン・ジャパンが運営するサイト「人事のミカタ」のQ&Aコーナーには次のような説明があった。以下、引用する。
「Q. 会社の忘年会は、残業になるって本当ですか?
会社の行事である歓送迎会や忘年会などの飲み会。社員に強制参加を促すと、『残業』になると言われたのですが本当ですか?
A. 社員は労働契約によって、会社の指示・命令に従い労務を提供する義務を負っていますが、契約時間の範囲を超えて、拘束することはできません。
そのため、『勤務時間外』に行なわれる会社の忘年会などの飲み会に参加を強制する場合、企業は社員に残業代(勤務時間外手当)を支払う必要があります。
いくら懇親の場の飲み会であっても、会社が業務の範囲を超えて指示・命令をするのであれば必然的に労務の対価として、賃金を支払う義務を企業が負うことになります」
東京地裁は忘年会を「業務」と認定
職場で行われる飲み会が「私用」なのか「公用」なのかをめぐり、これまで複数の裁判が開かれてきた。業務として認められない判決も複数出ているが、2018年4月には、東京地方裁判所で職場の忘年会を「仕事の一環」と認定する判決が出されている。
このケースでは、居酒屋の正社員男性が、休日に上司から忘年会に誘われたため出席。その場で同僚から暴行された。男性はこの忘年会が“業務”だったとして、会社側に損害賠償を求めた。地裁は従業員全員が参加していたことなどを踏まえ、「仕事の一環」として認定。会社側の使用者責任として賠償を命じた。
また最高裁判所は16年7月、職場の歓送迎から戻る途中に交通事故死した従業員のケースについて、「歓送迎会は会社行事の一環で仕事にあたる」と判断した判決を出している。
ポイントは、職員や従業員に“業務”として忘年会への参加・実施を命じているのかという点だろう。前述の総務省OBは語る。
「ポケットマネーにせよ、公費にせよ、公務員が飲食店を利用する際に支払われる飲食料金は元をただせば税金であり、職員の残業代もまた税金です。また判例を踏まえるのであれば、忘年会で職員がコロナに罹患し、重い後遺障害がでたり、死亡したりした場合、遺族から訴えられ、所属自治体に賠償責任が生じる可能性もあります」
コロナ下での2度目の忘年会シーズンがまもなく到来する。苦境が続く飲食店への公的支援は急務だ。ただ企業、団体の労務担当者は、いつも以上に気をつける必要がありそうだ。
(文=編集部)