けれども大手メディアのこの強みは、逆に弱みにもなりうる。政府上層部が意図する情報操作に利用されかねないからだ。政府の意図に気づいても、日頃の貸し借りから拒否はしにくい。記者によっては、むしろみずから進んで協力することで、情報源とより親密な関係を築こうとする者もいるだろう。
政府によるメディアを利用した情報操作といえば、頭に浮かぶのは、2003年に始まったイラク戦争である。
イラク戦争開戦の根拠とされたのは、イラクのフセイン政権が大量破壊兵器を保有しているという主張だった。開戦に先立ち、当時ニューヨーク・タイムズのジュディス・ミラー記者は、この主張を肯定する多くの記事を執筆した。
米同時テロから1年後、2002年9月8日付の1面トップで、ミラー記者は同僚記者と連名で「フセインは原子爆弾の部品調達を急いでいる」との記事を書いた。イラクが原子爆弾製造に向け、ウラン濃縮用の遠心分離機に使われる特殊なアルミニウム製チューブを購入しようとしているとの内容で、「大量破壊兵器の決定的証拠はきのこ雲になるかもしれない」と危機感を煽った。
同日、チェイニー副大統領、ラムズフェルド国防長官、ライス大統領補佐官がそれぞれ違うテレビ番組に出演し「フセインが大量破壊兵器を保有しているのは間違いない」と強調。3人はそろって、「証拠」としてミラー記者が書いたニューヨーク・タイムズの記事に言及した。さらに数日後、ブッシュ大統領が国連総会で演説し「イラクは高強度アルミ製チューブを購入しようとしている。核兵器入手に躍起になっている動かぬ証拠」と断じる。
しかし今では周知の事実だが、大量破壊兵器は結局、発見されなかった。アルミ製チューブも従来型ロケット砲用との見方が有力になった。ニューヨーク・タイムズは2004年5月、編集局長の見解として「2001年以降のイラク報道は問題含み」と認め、具体例として12本の記事を挙げた。このうち10本はミラー記者が単独か連名で書いた記事だった。
ニューヨーク・タイムズは少なくとも結果として、多数の犠牲者を出したイラク開戦のお先棒を担いだ格好だ。こうした事態を招いたのは、戦争正当化に向けて世論を誘導したい政府高官のほか、フセイン政権の転覆を願う亡命イラク人の情報に頼りすぎたからだ。