米WTI原油先物価格はこのところ1バレル=80ドル台半ばで推移している。約7年ぶりの高値だ。「ウクライナや中東地域の情勢が悪化すれば、原油の供給に支障が出る」との観測から投資家は強気の姿勢を維持している。
国際社会は昨年末からウクライナ情勢について注視しているが、ウクライナ自体は産油国ではない。「ウクライナに脅威を与えている」と批判される大産油国ロシアについても、天然ガスの供給は問題になっているが、原油は議論の俎上に上っていない。「天然ガスの需要が原油にシフトする」との憶測が出ているにすぎない。
これに対し、中東地域の地政学リスクへの世界の関心はそれほど高くないが、筆者は「これまでになく危険な状態になりつつある」と感じている。中東地域で「安全」と見なされていたアラブ首長国連邦(UAE)が深刻な攻撃を受けたからだ。
UAEの首都アブダビで1月17日、イエメンの親イラン反政府武装組織フーシ派の無人機(ドローン)などの攻撃で、国営石油会社(ADNOC)のタンクローリー3台が爆発、3人の死者が出た。外部からの攻撃による死者の発生はUAE初だ。アブダビ国際空港でも小規模な火災が起きている。
2019年9月のドローン攻撃でサウジアラビアの原油生産能力が半減したことで世界の原油市場は一時大きく動揺したが、今回のUAEへの攻撃はその悪夢を彷彿とさせる出来事だった。UAEは日本にとってサウジアラビアに次ぐ第2位の原油輸入先だ。全体の輸入量の約4分の1を占める。
UAEの誤算
UAEがフーシ派の攻撃を受けたのは、サウジアラビアが主導するアラブ連合軍の一員として2015年からイエメンの内戦に介入しているからだ。UAEは5000人の地上軍をイエメンに派遣したが、2019年に撤退した。当時UAE沖で数隻のタンカーが攻撃を受けたのにもかかわらず、同国に駐留する米軍が有効に対処しなかったことから、UAEは「このままでは自国の安全保障環境が悪化する」と判断したからだとされている。だがUAEはイエメンから完全に手を引くことはなかった。イエメン内の反フーシ派勢力への支援を続けており、このことが今回の事態を招く原因となってしまった。
フーシ派はサウジアラビアに対して越境攻撃を繰り返してきたが、フーシ派が今回UAEも攻撃の対象にしたのは、UAEが支援する反フーシ派勢力が、フーシ派が支配していた中部のシャブワ県を激戦の末に奪還、隣接する石油地帯の要衝マーリブ県にも進撃しているというイエメン国内の戦況の変化が影響している。
フーシ派は「今回のドローン攻撃の教訓から学び、UAEはイエメン内戦から手を引け」と警告している。サウジアラビアへドローン攻撃を繰り返しても甚大な打撃を与えることができなかったことから、フーシ派はサウジアラビアと比べて防空能力が弱いとされるUAEに攻撃の矛先を変えた可能性もある。
UAEにとってショックだったのは、不測の事態に備えて巨額の資金を投じて配置していた米仏製の対空ミサイルシステムが役に立たなかったことだろう。フーシ派の攻撃に焦ったUAEは、アラブ連合軍を主導するかたちでフーシ派の支配地域に大規模な空爆を続けている。21日のイエメン北部にある拘置所への攻撃では70人が死亡し、国連が非難声明を出す事態となっている。
これに対しフーシ派は24日、UAEアブダビ近郊のアルダフラ空軍基地に弾道ミサイル2発を発射したが、UAEは米軍と協力してミサイルを迎撃・破壊した。フーシ派は「アブダビを狙う攻撃を続ける」と宣言している。
UAEに秋波を送るイスラエル
バイデン政権は、史上最悪の人道危機をイエメンに引き起こした要因となっているアラブ連合軍の介入に批判的だ。今回のアラブ連合軍の報復攻撃でも多数の死者が出たことから、米国政界からアラブ連合軍への武器供与の停止を求める声が一層強まっている。
頼りにならない米国を尻目に、UAEに秋波を送っているのはイスラエルだ。2020年9月にUAEとの国交を正常化したイスラエルは、フーシ派の攻撃直後に首相がムハンマド皇太子に対し「UAEが必要とする軍事的・情報的支援を与える用意がある」と表明した。国連のイエメン内戦に関する停戦交渉も頓挫しているなか、自国の安全保障に危機感を強めるUAEはイスラエルからの申し出に応じようとしている。イスラエルからドローン防衛システムを導入する動きを活発化させているのだ。
イスラエル・メディアによれば、UAEはすでに複数のイスラエルのドローン防衛システム製造企業を選定し、導入に向けての具体的な検討を急ピッチで進めているという。イスラエルからドローン防衛システムを導入することになれば、要員の訓練などのためにイスラエル軍の関係者がUAEに入国・滞在することとなるが、UAEの対岸に位置するイランが黙ってみているとは思えない。イランは「不倶戴天の仇敵」であるイスラエルが湾岸地域で勢力を伸長することを断固阻止する姿勢を示しているからだ。
UAEは王族が統治するイスラム教スンニ派君主国家であり、イランのシーア派による「革命の輸出」を恐れ、これまで反イラン路線を歩んできた。昨年末に高官をイランに派遣するなど融和ムードを演出していたものの、イスラエルへの急接近でイランとの関係が今後急速に悪化する可能性がある。
フーシ派が放ったドローンのせいで、UAEをめぐる情勢が急変している。今後、中東地域で大動乱が起きないことを祈るばかりだ。
(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)