OPECとロシアなどの大産油国で構成される「OPECプラス」は4月1日、市場の予想を覆す決定を行った。OPECプラスは、協調減産の規模を5月と6月はそれぞれ日量35万バレル、7月は同44万バレルと縮小することを表明した。独自の追加減産(日量100万バレル)を実施していたサウジアラビアもその規模を5月に25万バレル、6月に35万バレル、7月に40万バレル縮小する方針である。
これにより7月までに日量200万バレル以上の原油が増産されることになるが、その規模は世界の原油供給量の2%以上に相当する。市場関係者の間では「OPECプラスとサウジアラビアは現行の減産規模を据え置く」との見方が多かった。OPECは事前の予測で「新型コロナウイルスのパンデミックの影響で世界の原油需要は下振れする」との見通しを示していたからである。
今年に入り世界の原油市場は「強気モード」が支配的になりつつあった。「新たな商品のスーパーサイクル(価格の長期的上昇)が始まる」との威勢の良い声が聞かれたが、欧州地域での新型コロナウイルスの感染拡大などから3月中旬に腰折れとなった(1バレル=60ドル割れ)。その後スエズ運河でのタンカー座礁事故を材料に原油価格は反転し(世界の原油供給量の2%弱がスエズ運河経由)、その流れをOPECプラスの協調減産などが後押ししてきた。
OPECプラスのメンバーの大半は協調減産の規模を維持する方針を支持していたが、OPECの事実上の盟主であるサウジアラビアが供給増の提案を行ったことで議論の流れは変わった。サウジアラビアが増産に踏み切った背景には、OPECプラス会合の直前にアブドルアジズ・エネルギー相がグランホルム米エネルギー長官と行った電話会談にあるとの観測がもっぱらである。
会談の内容は明らかになっていないが、グランホルム氏はアブドルアジズ氏との電話会談後、「手頃で信頼できるエネルギー源の確保に向け、国際協力が重要であることを再確認した」とツイートした。アブドルアジズ氏はOPECプラス会合後の記者会見で「米国をはじめ、いかなる原油消費国との協議の影響を受けていない」と語っているが、「原油高でガソリン価格が上昇すれば、大規模な経済対策の効果が損なわれてしまう」ことを懸念する米国が、サウジアラビアに対して増産要求を行ったと考えて間違いないだろう。
安全保障上の要請
今回の増産の決定で原油価格が今後下落するリスクがあるにもかかわらず、サウジアラビアが増産に応じたのは、安全保障面の要請からではないかと筆者は考えている。
1年前のこの時期には逆の事態が起こっていた。原油価格の維持を軽視していたサウジアラビアのムハンマド皇太子がOPECプラスの協調減産を反故にする大増産を実施したことで、原油価格が急落したのが事の始まりだった。米WTI原油先物価格が一時マイナスを記録するという異常な事態となり、自国のシェール企業の多くが倒産することを恐れた当時のトランプ米大統領は「増産を止めなければサウジアラビアに駐留する米軍を撤退する」とムハンマド皇太子を一喝すると、これに震え上がったムハンマド皇太子はただちに大規模減産を実施して米国に恭順の意を示したという経緯があった。
それでは今回の安全保障上の要請とは何だったのだろうか。4月1日付米ウォール・ストリート・ジャーナルは「バイデン米大統領は世界的に米軍を再編する取り組みの第一歩として、中東湾岸地域から一部の軍事力や部隊の引き揚げを開始するよう国防総省に指示した」と報じた。米軍は湾岸地域から少なくとも3基のミサイル防衛システム「パトリオット」を撤去したが、うち1基はサウジアラビアのプリンス・スルタン空軍基地に配備されていた。米軍は軍備の縮小を進める一方で、装備の提供や訓練の面でサウジアラビアへの協力を進めていくとしているが、サウジアラビアの安全保障能力が低下することは否めないだろう。
バイデン政権は、発足直後からサウジアラビア主導のイエメン内戦への支援を打ち切り、サウジアラビアに対する一部の武器売却の凍結を命じている。サウジアラビアによるイエメンへの軍事介入は7年目に入ったが、戦果を挙げるどころか、イエメンの反政府武装組織フーシ派から手痛い反撃を食らう事態が多くなっている。
米国の政策転換に乗じてフーシ派は今後予想される和平協議で自らの立場を有利するため、サウジアラビアに対して攻勢を強めているからだが、連日のようにサウジアラビアの空港や石油施設などに無人機(ドローン)やミサイル攻撃を行っている。サウジアラビア側は「攻撃を未然に防いだ」との大本営発表を繰り返しているが、同国軍のパトリオットミサイルなどの操作能力は低く、米軍が戦争指導を行っているのは周知の事実である。
自国の安全保障環境をこれ以上悪化させないためには、「用心棒」である米国からの増産要請をサウジアラビアはむげにすることはできない。苦しい胸の内が透けて見えるが、その代償は大きいのではないだろうか。
「OPECプラスは世界の原油需要を楽観している」として決定直後の原油価格は上昇したが、需給両面で悪材料が頭をもたげている。需要面ではコロナ禍で世界の原油需要を牽引してきた中国の状況に陰りが出ている。供給面ではコロナ禍にあえいできた米国のシェール企業に増産の兆しが出始めている。中国との関係を強化するイランも原油生産の拡大傾向を鮮明にしつつある。このような状況下で原油価格の下支えをしてきたOPECプラスの減産の効果が弱まれば、原油価格が再び急落するリスクが生じるが、深刻な財政難に陥っているサウジアラビアはこの衝撃に耐えることはできるのだろうか。
(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)