ビジネスジャーナル > 社会ニュース > 豪・報道規制は対岸の火事ではない
NEW
江川紹子の「事件ウオッチ」第129回

【豪警察が公共放送を家宅捜索】脅かされる「報道の自由」は対岸の火事ではない

文=江川紹子/ジャーナリスト
【この記事のキーワード】, , ,
【豪警察が公共放送を家宅捜索】脅かされる「報道の自由」は対岸の火事ではないの画像1スメサースト記者の自宅が警察に急襲されたことを報じる「ニューズ・コープ・オーストラリア」

 政府が隠している情報を報じたために、国家機密を公表したとして、ジャーナリストや放送局などが相次いで警察当局の強制捜査を受ける――これは、独裁者が支配する国家での話ではない。自他共に自由民主主義国家と認め、1人当たりGDPが世界11位(2017年、日本は26位)の豊かな先進国であり、主要20カ国・地域(G20)のひとつであるオーストラリアで起きていることだ。この国での報道の自由が揺らぐ事態に、「日本にとっても対岸の火事ではない」と、専門家は警鐘を鳴らしている。

「不都合な真実」を語った人たちへの「脅迫行為」

 今月4日、3000人の記者を擁し、新聞・雑誌の出版、インターネットやテレビ番組の制作などを行う、同国最大のメディア企業「ニューズ・コープ・オーストラリア(NCA)」に所属するアニカ・スメサースト記者の自宅を警察が急襲し、捜索した。

 スメサースト記者は昨年4月、政府による新たな国民監視の計画を報じていた。国防省と内務省が、市民のメールや銀行口座、テキスト・メッセージなどを密かに収集する権限を政府の通信局に与えようとしている、という内容だった。これが、今回の容疑となったようだ。

 続いて5日、記者2人と報道局長オーストラリア放送協会(ABC)が警察による捜索を受けた。この捜査は、2017年7月に発表した調査報道「ザ・アフガン・ファイルズ(The Afgan Files)」に関連するものとみられる。

 この特集の特設ホームページは、次のような書き出しで始まる。

<ABCにもたらされた数百ページにわたる軍の機密書類で、アフガニスタンにおけるオーストラリア軍特殊部隊の知られざる活動に、初めて光が当たる。そこには、部隊が非武装の男性や子どもを殺害した事件も含まれている>

 同局は映像の中でその機密書類の一部を見せ、2009年から13年にかけて起きた10件の具体例を挙げた。6歳の男の子とその父親を殺害した例などもあるとして、戦争犯罪に当たるケースもあり得る、と指摘した。

 調査報道を率いるジョン・ライオンズ編集長は、捜索に立ち合い、その状況をツイッターで“同時中継”。捜査当局が記者と特定個人のメールや記事の下書きを求めたことや、コンピュータから9214件のファイルをダウンロードしたことなどを伝えた。ただ、最終的に当局が押収した書類はどれくらいの量かわからない、という。

 さらに、ラジオ局2GBのキャスター、ベン・フォーダム氏は、難民を乗せた船6隻がスリランカからオーストラリアに向かっている、という情報を報じたところ、内務省から機密情報を許可なく公表したとして調査の予告を受けた。その際、調査の目的は、フォーダム氏ではなく、情報を漏洩した者だと述べた、という。

 フォーダム氏は、「いかなる状況下でも自分の情報源を明らかにすることはしない」と反論している。

 こうした一連の捜査や調査予告は、政府が国民に知られたくない情報を報じたジャーナリストや報道機関を狙い撃ちし、その情報源を炙り出そうとしたものだと受け止められている。

 オーストラリアは、先月の下院議員選挙で、世論調査などによる予想に反し、自由党主導の保守連合が勝利し、スコット・モリソン首相の続投が決まったばかりだ。英BBCによれば、モリソン政権は昨年、スパイ行為に対する新たな刑事法を制定したが、人権活動家からはジャーナリストや内部告発者を標的に使われる可能性があると指摘されている。

 ただ、オーストラリア連邦警察本部は、この2件の捜索は別々のものであり、事前に政府に捜索を連絡することはなかったと発表。政府によるメディアへの圧力、という見方を否定した。政府の側も、内務大臣が「事前に捜査については知らなかった」と釈明した。

 しかし、それを鵜呑みにする人は、あまりいないのではないか。

 一連の捜査について、捜査を受けた側は強く反発し、問題視された報道に関わった記者たちを擁護する姿勢を示している。

 ニューズ・コープ・オーストラリアは、この捜索が政府にとって「不都合な真実」を語った人たちへの「危険極まりない脅迫行為」と断じた。そして、これによって、政府の決定について国民が知る権利が侵害されることについて「極めて深刻な懸念」を表明した。

 ABCのデイヴィッド・アンダーソン社長も、「今回の捜査には報道の自由に関する正当な懸念がある」との声明を発表。その中で次のように述べた。

「ABCは、我々の記者たちを支持し、その情報源を守り、明らかな公共の利益がある時には、国家安全保障や情報機関に関する事柄についても、恐れず、偏らずに報じ続けていく」

 同局のゲヴィン・モリス報道局長はツイッターで、自分と共に捜索令状に名前を書かれていた記者2人の名前を挙げ、こう書き込んだ。

「はっきりさせておくが、2人はABCの中でも特に優秀な記者だ。誠実で、オーストラリア国民のために、真実を伝えようと努力している。(前日に捜索を受けた)アニカ・スメサーストと同じだ。彼らの困難な職務を誇りに思う」

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


Facebook:shokoeg

Twitter:@amneris84

【豪警察が公共放送を家宅捜索】脅かされる「報道の自由」は対岸の火事ではないのページです。ビジネスジャーナルは、社会、, , , の最新ニュースをビジネスパーソン向けにいち早くお届けします。ビジネスの本音に迫るならビジネスジャーナルへ!