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藤和彦「日本と世界の先を読む」

コメ、生産量が大幅減少で価格高騰の兆候…価格下落から一転、アジア食糧危機も

文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー
コメ、生産量が大幅減少で価格高騰の兆候…価格下落から一転、アジア食糧危機もの画像1
ウクライナ政府の公式Twitterより

 ロシアのウクライナ侵攻の影響で世界の食料価格は過去最高のペースで上昇している。なかでも最も大きな影響を受けているのは小麦市場だ。ロシアとウクライナの小麦の輸出量が世界全体の3分の1近くを占めていることが災いしている。ウクライナの今年の小麦生産量は前年に比べて35%以上減少する見通しだ。ロシア産小麦も西側諸国の経済制裁による悪影響を被っている。

 世界の小麦先物価格は5月に入り、14年ぶりに過去最高値を更新した。ロシアとウクライナの小麦の穴を埋める形で輸出量を増加させていたインド産小麦が熱波の影響で収穫に影響が出始めており、インド政府が輸出規制を検討していることに市場が反応した形だ。世界最大の小麦生産国である米国でカンザス及び周辺州が厳しい干ばつに脅かされていることも材料視されている。

 世界の穀物市場では小麦価格がコメ価格を凌駕する事態となっている。米農務省によれば、米国の農産物の集積地カンザスシティーの小麦価格が3月平均で1トン当たり454ドルと前月比25%上昇し、425ドルだった同月のタイ産のコメ価格を上回った。タイ産のコメは世界の輸出量の1割以上を占め、コメ価格の国際指標となっている。

 タイの今年1~2月のコメの輸出量は前年より3割も増加した。ロシアによるウクライナ侵攻で両国の小麦供給が大幅に減る中、代替穀物として需要が拡大しており、特に欧州、中東向けが好調だ。中国への輸出も急増している。

肥料価格が上昇

 輸入小麦価格が上昇したことから、日本でも主食を支えるコメへの注目が高まっている。自給率がほぼ100%のコメは地政学リスクに無縁だ。長期の消費低迷で価格は下がり気味で、相次ぐ食品値上げに負担が増す家計の心強い味方になるというわけだ。たしかに小麦やトウモロコシなどの主要穀物の価格が軒並み上昇する一方、コメの価格だけは直近1年で15%低下した。十分な生産量とコメの主要消費国の潤沢な備蓄のおかげで価格が抑えられてきたわけだが、その環境が変わりつつある。

 前述したとおり、世界のコメ市場の需給は急速に引き締まっており、価格に対する上昇圧力がかつてなく高まっている。何より心配なのは、食糧生産に欠かせない肥料の価格が深刻な価格上昇に見舞われていることだ。世界銀行が算出する今年3月の肥料価格の指数は前年に比べて2.3倍に急騰した。2008年以来、14年ぶりの高値となっている。ウクライナ侵攻で制裁を受けた主要な肥料生産国であるロシアやベラルーシからの供給が停滞していることが深く関係している。

 主要品種の塩化カリウムは前年に比べて2.8倍となり、主要肥料のなかで最も高い上昇率を示している。肥料の三要素の一つであるカリウムは、ロシアとベラルーシの生産が3割以上を占めており、両国から西側諸国への輸出が激減している。日本もロシア産の塩化カリの輸入をすでに停止した。肥料原料となるアンモニアもロシア産が世界の輸出の約1割を占めるが、侵攻後はウクライナの港からの輸出が停止し、品薄感が強まっている。 

 両国産に代わる肥料の代替調達の取り組みが始まっているが、限界があり、世界の肥料市場での需給逼迫が解消する兆しは見えてこない。肥料価格の上昇は穀物の供給減少に直結することはいうまでもない。米農務省によれば、肥料を相対的に多く使うトウモロコシの今年春の作付け面積は4%減少する見通しだ。コメ輸出大国のタイでは今年も豊作が見込まれているが、前述した肥料コストの高騰が暗い影を投げかけ始めている。

 肥料コストの高騰でコメの生産が大幅に減少するとの懸念が生じている(4月19日付ブルームバーグ)。価格が低く抑えられてきたことから、コメ農家は肥料コストの上昇分を転嫁しずらい。このことが災いして、肥料価格の上昇が招く収穫量の減少は、コメ農家で最も顕著にあらわれ、今後のコメ生産量が激減する可能性が指摘されている。

 国際稲作研究所(IRRI)は「農家が肥料の使用量を減らしていることから、次のシーズンにコメの収穫量が10%減少し、コメ3600万トン、5億人分相当の供給が失われる恐れがある」と予測している。この予測は極めて控えめなものであり、「ウクライナでの戦闘状態が続けば、その影響ははるかに深刻なものになるのが確実だ」という。

アジアの政情不安が懸念

 肥料価格の上昇が続けば、中国、インド、バングラデシュ、インドネシア、ベトナムなどの主要生産国でコメの生産量が大幅に減少し、世界の人口の6割を占めるアジアは本格的な食糧危機に陥るのではないかとの不安が頭をよぎる。

 ロシアとウクライナの小麦の主要輸出先である中東や北アフリカ地域ではすでに主要食料品の価格が急騰しており、人々の我慢は限界に達しつつある。これまでのところ、ウクライナ危機の影響が比較的小さいアジア地域だが、コメ価格が高騰すれば、これまでとはまったく違う展開になる。中東やアフリカ地域と同様、アジアも家計支出の多くを食料品が占める低所得国が多く、コメ価格の高騰に起因する政情不安が起きるのは時間の問題なのかもしれない。

 日本を取り巻くアジアでこのような惨事が起こることを回避するためにも、ロシアとウクライナの間の停戦を一刻も早く実現すべきではないだろうか。

(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

1984年 通商産業省入省
1991年 ドイツ留学(JETRO研修生)
1996年 警察庁へ出向(岩手県警警務部長)
1998年 石油公団へ出向(備蓄計画課長、総務課長)
2003年 内閣官房へ出向(内閣情報調査室内閣参事官、内閣情報分析官)
2011年 公益財団法人世界平和研究所へ出向(主任研究員)
2016年 経済産業研究所上席研究員
2021年 現職
独立行政法人 経済産業研究所

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