宮内庁17cm包丁送付事件について「女性セブン」(7月21日号/小学館)が報じている。記事によれば、6月25日、宮内庁にレターパックで刃渡り17cmの包丁が送りつけられ、差出人欄に実際の住所と氏名を書いていた愛知県在住の20代の男が威力業務妨害の容疑で逮捕されたという。しかも、同封されていた手書きの便箋には、「偽物皇族」「なりすまし」などの言葉で皇族を批判している部分があり、複数の皇族の名も具体的に挙げられていたそうだ。
逮捕された容疑者は、「偽物皇族」や「なりすまし」といった言葉を用いているので、皇族のどなたかがいつのまにか瓜二つの替え玉に置きかわったという妄想、つまり「替え玉妄想」を抱いている可能性が高い。
このような妄想性人物誤認が認められる症例を最初に報告したのは、フランスの精神科医、カプグラ( Capgras. J.)とルブール-ラショー( Reboul-Lachaux. J.)で、1923年のことである。この症例は53歳の女性であり、「自分が高貴な家の出身である」「悪の結社によって子供やパリ市民が地下に幽閉されている」という妄想を抱いていた。さらに「乳児期に死んだ彼女の子供、夫、彼女が結社を告発している警察庁の長官、彼女が入院している精神科病院の医師や看護師や患者、及び彼女自身に、それぞれ数人から数千人におよぶ瓜二つの外見をした替え玉が存在する」ということを妄想的に確信していた。
それ以来、この種の「替え玉妄想」を抱く症例は「カプグラ症候群 ( syndrome de Capgras )」と呼ばれるようになった。通常、家族、恋人、親友など親しい関係にある人が本物そっくりの替え玉にすり替えられたという妄想が多い。今回逮捕された容疑者は、皇族が偽物と入れ替わっているという妄想を抱いているようだが、これは皇室に対して人一倍親近感を抱いており、自分の家族のように感じているためかもしれない。
あるいは、自分も皇室の血を引いているという血縁妄想を抱いている可能性も考えられる。最初に報告された女性の症例は「自分が高貴な家の出身である」という妄想を抱いていたが、同種の妄想を抱いている「カプグラ症候群」の患者は少なくない。
血縁妄想があると、「自分は天皇になるべき人間」「自分も皇室の一員」などという誇大妄想も芽生えやすい。同時に、本人が偽物とみなす「替え玉」に対してどうしても猜疑的になる。そのため、被害妄想を抱くようになり、結果的に攻撃的になることもある。
「カプグラ症候群」は妄想型統合失調症に多い。20代は、統合失調症の発病が多い時期、つまり好発期なので、逮捕された容疑者がこの病気に罹患していることも十分考えられる。したがって、今後精神鑑定によって責任能力の有無を精査する必要があるだろう。
妄想は時代の空気のようなものを微妙に反映
一般に、妄想は、世相というか時代の空気のようなものを微妙に反映する。私が精神科医になったばかりの昭和の頃は、皇室関連の血縁妄想を抱いたり、皇室と結びついた妄想体系を構築したりしている患者が多かったが、平成に入ると激減した。それだけ、昭和の頃は皇室への尊敬や憧憬が強かったことの裏返しかもしれない。
今回宮内庁に送りつけられた手紙には、他の皇族のお名前とともに秋篠宮家や悠仁さまを想起させるような一節もあったという。その背景には、最近秋篠宮家への風当たりが強いこともあるのかもしれない。長女の眞子さんと小室圭さんの結婚をめぐる騒動、悠仁さまの文学賞の入賞作文におけるコピペ問題、提携校進学制度を利用した悠仁さまの筑附高進学など、メディアでしばしば取り上げられてきた。
2019年4月にも、当時悠仁さまが通われていたお茶の水女子大学附属中学校で、悠仁さまの机の上に刃物が置かれる事件が起きている。今回の事件が悠仁さまと秋篠宮さまご夫妻の不安に拍車をかけないことを祈るばかりである。
(文=片田珠美/精神科医)