先週発売の「週刊新潮」(新潮社)で、接客を担当したホステスの下着を剥ぎ取り、胸部を触るという性加害が報じられた俳優の香川照之さんについて、今度は9月1日発売の同誌が、同じクラブのママの髪をつかんでいる“暴行写真”を掲載した。さらに、同日発売の「週刊文春」(文藝春秋)も、TBS日曜劇場『99.9―刑事専門弁護士―SEASONⅡ』のドラマ制作関係者との懇親会で女性スタッフの頭部を殴打したと報じている。
一連の報道が事実とすれば、香川さんは性衝動や攻撃衝動をコントロールできない「衝動制御障害( Impulse Control Disorder )」ではないかと疑いたくなくなる。しかも、香川さんが暴走して問題行動を起こすのは、決まって酔っぱらったときのようなので、アルコールが入ると自分を制御できなくなる「脱抑制」が起きやいように見える。
「新潮」に掲載された写真では、香川さんが笑いながらママの髪をわしづかみにしているように見受けられる。そのため、相手が痛みを感じたり苦しんだりする姿を見て、同情どころかむしろ快感を覚えるサディズム的要素を持ち合わせている可能性も否定できない。フロイトが指摘したように「大部分の男性の性行動には、相手を征服しようとする傾向として攻撃性が存在している」が、性衝動と攻撃衝動が結びついた典型例がサディズムであり、それが飲酒による「脱抑制」の影響で表面化するとも考えられる。
こうした傾向に拍車をかけたと考えられるのが、「自分は特別な人間だから,普通の人には許されないことでも自分には許される」という特権意識である。2013年に放映された『半沢直樹』(TBS系)の大ヒットによって、「局内では『何かあれば香川に頼め』と大功労者扱いされるように。次第に香川さんもスタッフに横柄な態度を取るようになっていきました」というTBS関係者の証言もある(「文春」より)。
歌舞伎役者と有名女優を両親に持つうえ、東大卒で高学歴なのだから、もともと特権意識が強かったとしても不思議ではない。超売れっ子になり、「大功労者」として扱われるようになった結果、この特権意識がさらに強くなったことは十分考えられる。
「大悪人」だからこそ凄みのある悪役を演じられるのではないか
今回の報道を受けて、香川さんが金曜MCを務めていたTBS系情報番組『THE TIME,』を降板することが発表された。また、トヨタ自動車は、香川さんが出演するテレビCMの放送を見合わせ、契約も更新しないと発表した。アリナミン製薬も、香川さんとのプロモーション契約を満了し、今後はCMのオンエアもしない方針を明らかにした。これからも降板ドミノが続き、しばらく活動自粛を余儀なくされるかもしれない。
香川さんの一連のふるまいは許しがたいものであり、こうした対応は当然だと思う。私自身、香川さんを擁護するつもりは毛頭ない。ただ、香川さんが名優であることは否定しがたい事実であり、その点では優れたアーティストといっても過言ではない。
こういう場合、必ず脳裏に浮かぶのが作曲家の三枝成彰氏の「偉大なアーティストになるには大悪人でなければならない」(『大作曲家たちの履歴書(下)』)という言葉である。香川さんを「大悪人」と呼ぶのは語弊があるかもしれないが、今回報じられた一連のふるまいから私はこの言葉を連想した。
歴史を振り返ると、これは真実だ。だから、三枝氏が「なにしろ先人たちを見ていくと、そろいもそろって“人間失格”的な性格ばかりだからだ」と述べているのも、なるほどとうなずける。なかには、この連載で何度も取り上げた、思いやりも同情心もなく、罪悪感も良心の呵責も覚えず、反省も後悔もしない「ゲミュートローゼ」もいるが、こういう「大悪人」が文化を作ってきたことは否定しがたい。
香川さんも、その系譜に連なる「偉大なアーティスト」のように私の目には映る。第一、『半沢直樹』で香川さん演じる大和田常務が土下座を強要する姿が視聴者を魅了したのは、それだけ凄みがあったからだろう。悪役や敵役を演じるとピカイチなのは、攻撃衝動を制御できなくなるとか、サディズム的要素を持ち合わせているとかいうことによると思う。
もしかしたら香川さんが地上波テレビに出演するのは今後難しくなるかもしれない。しかし、個人的には、香川さんが演じる悪役や敵役の鬼気迫る姿を見たい。そういう気持ちの人がお金を払う映画や歌舞伎だったら、出演は可能だと思うので、十二分に反省して再起を期していただきたい。
(文=片田珠美/精神科医)
参考文献
三枝成彰『大作曲家たちの履歴書(下)』中公文庫、2009年
ジークムント・フロイト「性理論三篇」(中山元編訳『エロス論集』ちくま学芸文庫、1997年)