9月初旬、あるTwitterユーザーが呟いた投稿が4.6万もの“いいね”を集め、話題を呼んでいた。それは、東京都足立区が家庭の事情で塾などに通いづらくなっている中学3年生のために、「足立はばたき塾」という難関高校合格に向けた無料塾を開いているというもの。自治体が運営している無料塾といえば、学校の授業の補習レベルの内容をイメージするかもしれないが、足立はばたき塾は一味違い、成績上位層向けの授業となっている。受託事業者は株式会社エデュケーショナルネットワーク(Z会グループ)だ。
同ツイートによると、毎年コンスタントに有名難関校への合格者を輩出しているほど進学実績が良好とのこと。
投稿に対するコメントには、「教育費の高さが懸念されている日本において、これは良い取り組み!」、「経済的に苦しくても、このような取り組みをきっかけに勉強に打ち込める」と足立区の取り組みを称賛する声で溢れている。
そこで今回では、ここまで質の高い授業を行う塾をなぜ無料で開校しているのか、その実態に迫るべく、足立区教育委員会 教育指導部 学力定着推進課に話を聞いた。
「足立はばたき塾」の成り立ちや事業内容
まず、足立はばたき塾はどういった事業なのか。
「足立はばたき塾は、家庭の事情などにより塾などの学習機会が少ないが、成績上位で学習意欲が高く、将来の夢の実現に向けて難関高校などへの進学を目指す、足立区立中学校(35校)の中学3年生を対象に、定員100名で実施しています。民間教育事業者を活用した学習機会や受験情報を提供し、志望する高校への入学を支援するという事業になっています。足立区では、このように外部の人材を取り入れた補習を15年ほど前から行っており、足立はばたき塾自体は2012年から事業を開始しています」(学力定着推進課)
10年の歴史があるという足立はばたき塾、どういった経緯で開かれたのだろうか。
「10年以上前のことになりますが、当時、就学支援制度の一環で育英資金に関する面接があり、ある生徒から『塾にはなかなか通えないが、無料で受けられるお試しのような講座を転々として学習している』という話があり、行政でもそういった生徒に対する支援ができないかという話が挙がったと記憶してます。
また、学校での授業を補う手段として、放課後や夏休みの補習を外部に委託し、行政として支援するというのがそれまでの取り組みだったのですが、あるとき学校側から成績上位の生徒に対する支援を考えてほしいと提案があり、モデル的にその学校で取り組みを始めたのがこの足立はばたき塾の前身となる補習事業でした。その後1年間検証的に実施し、翌年から本格的に開校したという経緯です」(同)
足立はばたき塾では、どのような授業が行われているのかも気になるところだ。
「通常講座は週1回、4月から都立入試直前の2月中旬まで、毎週土曜日に行っています。年40回あるこちらの週1回の通常講座では、16時半から20時半まで数学と英語の授業を100分ずつ行います。また、土曜日のそれ以前の時間帯では特別講座として、国語・理科・社会の授業に任意で参加することができるようになってます。
プラスアルファで面接対策などもあり、夏季集中講座は10日間、冬季集中講座は5日間で、年間を通して計55日の実施です。3年生としての1年間の勉強を週1回という少ない授業で、受験で勝てるようになるための講座ですから、一回一回の濃度が濃く、授業内容はかなりハードだと思います」(同)
上記以外にも面接対策や進路進学説明会も行っており、受験生に寄り添った親身なサポートが今回注目されている要因にもなっているようだ。
「足立はばたき塾の生徒は無料ですが、もちろん協力してくれている外部委託業者が無償で協力してくれているわけではないので、自治体の事業予算を使って運営しています。例えば令和4年度は3200万円の委託料を予算から捻出しているんです。決して安くはない経費をかけて事業を行っていることに対し、足立区民のみなさんにご理解いただいているからこそ、足立はばたき塾は成り立っていると日々感じています。なかなか塾に通いづらい家庭環境であっても、進学に対して意欲が高い生徒を支援するという目的ですので、それに対して区民のみなさまから賛同が得られているということも、とても大きいと思います」(同)
気になる入塾条件や進学率は?
足立はばたき塾に入るための条件はどうなっているのか。
「足立はばたき塾では保護者の所得基準があり、その審査を通過した生徒が入塾テストを受け、一定の学力レベルがあれば入塾が認められると仕組みになっています。定員は毎年100名で、前年度は130名程度の申し込みがありました」(同)
足立はばたき塾では各中学校で成績上位の生徒が入塾しているが、塾生たちの進学率はどの程度なのだろうか。
「当塾では、生徒の進学希望を実現させることができる都立高校として、都教育委員会が指定した『進学指導重点校等』(進学指導重点校、進学指導特別推進校、進学指導推進校)への合格率を指標として見ているんですが、毎年だいたい4割前後の生徒が志望校に合格できているという状況です。
進学指導重点校というのは、いわゆる都立高校のなかでもトップ層に入ってくる高校のことですが、足立はばたき塾から毎年一定数の生徒が進学しています。一方で、国立や都立への進学以外にも難関私立への進学率も年々増えてきてますね。東京都では数年前から、私立に進学する生徒で一定の所得基準以下である家庭には補助金を出すという支援が始まり、私立にも通いやすい環境が整いつつあるため、このような数値の変異が起きているのではないでしょうか」(同)
偏差値の高い有名校への進学実績も良好な足立はばたき塾では、実際に通っていた生徒たちからどんな声が届いているのだろう。
「実際に通っていた生徒の言葉を一部紹介しますと、『普通だったら関わることのない別の中学校の人たちと、一緒に勉強することで新たな発見もたくさんあったし、共に高め合うことができたから本当に通えて良かった』といった声があり、厳しかった日々を乗り越えたからこそ今があると実感してくれている生徒が多い印象です。学校という枠を超えて集まった仲間同士で、互いにモチベーションを高め合いながら集中できる環境というのも、非常に良かったと思ってもらえることが多いようですね」(同)
最後に、今後の足立はばたき塾での課題や取り組みについて聞いた。
「時々の情勢に柔軟に対応しながら継続していくことが課題ですね。これまでも内容を見直しながら継続してきていますが、今後も運営するなかで小さなブラッシュアップを続けていけたらと考えています。昨年や一昨年はコロナ禍ということもあり、塾を締めざるを得ない状況のなかでオンライン講義の導入といった対策も行ってきましたので、今後も状況に応じてさらにブラッシュアップできたらと考えています。
教育委員会の取り組みのひとつとして足立はばたき塾がありますが、例えば福祉部では、居場所を兼ねた学習支援というものを実施していて、NPOと連携して生徒の居場所を確保したうえで学習のサポートも行っています。学習意欲があってもさまざまな事情で勉学に取り組みづらい生徒に対しさまざまな学習支援を行っていますので、状況に応じて学習の機会を選んでいただけたら幸いです」(同)
足立区の教育支援の情熱が、家庭の事情で塾などでの学習機会の得られない子供たちに、明るい将来への道筋を作っているということだ。優秀な人材になれるポテンシャルを秘めた子供たちを育てるという、未来への素晴らしい投資なのではないだろうか。
(取材・文=加藤棗/A4studio)