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木村誠「20年代、大学新時代」

「奨学金返済地獄」に陥る中流家庭の大学生たち…延滞者の7割が低収入で生活苦に

文=木村誠/大学教育ジャーナリスト
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一万円札(「gettyimages」より)
「gettyimages」より

 米国の中間選挙は予想に反して、民主党が善戦した。10代から20代中盤のZ世代が支持したのが一因といわれており、妊娠中絶の法的規制強化に対する不安やトランプ氏への反発が理由、といわれている。私は、さらに、バイデン大統領がこの8月に連邦政府の学生ローン債務について1人最大1万ドルを免除すると発表したことに対する支持もあるのではないかと思う。全国の債務者約4300万人のうち、低所得層を中心に約2000万人の債務全額が免除の対象となる可能性があるからだ。

 日本でも、大学生を中心に奨学金返済の重い負担が指摘されている。家計だけでは進学費用や在学中の生活費を賄えない親ガチャ外れ組は、今や平均クラスの家庭に及んでいる。私大生や私大進学希望の子どもが家庭に2人もいたら、学費の支払いは奨学金抜きではとても支えられない。

 日本学生支援機構の「学生生活調査」(2020年)によると、奨学金の受給者は大学昼間部で全体の約50%となっている。30年前の1990年代の20%程度と比べると飛躍的に伸びているのだ。

奨学金返済地獄は日本でも起きている

 私大理工系の在学生と受験生の息子2人を抱える知り合いのシングルマザーはベテランの看護師さんであるが、2人が大学在学中の学費は奨学金でなんとかしてもらわないと、と話していた。しかし、大学の学費と生活費のほとんどを奨学金だけで賄うことはできないだろう。いろいろな貸与型奨学金をギリギリまでいっぱい借りたら、大学を卒業して就職しても返済が重くのしかかる。

 奨学金返済のために性風俗店でアルバイトをする女子大学生の声もよく聞く。若者の貧困問題に取り組むNPO法人「POSSE」と労働組合「総合サポートユニオン」が立ち上げた「奨学金帳消しプロジェクト」では、今夏、日本学生支援機構の奨学金を借りていた元学生を対象に実態調査を行った。インターネットでリサーチし、約2700人から有効回答を得た。そのうち8割は20~30代であった。

 そのアンケートによると、返済延滞の経験がある人は28%に上り、回答者全体の6割が借入額300万円以上であった。半面、回答者の6割は現在の年収が400万円未満となっている。当然返済に行き詰まる人も多く、回答者の10%は「自己破産を検討」したというが、実際に「自己破産を経験」した人は1%強であった。ほとんどの人はなんとかがんばっている印象だ。

 奨学金を返済しているのは「自分」が91%と大多数を占めた。返済延滞の理由を複数回答で尋ねると、「収入が低い」68%、「多忙で手続きを忘れていた」33%、「別の借金返済を優先した」19%などだった。全体の7割近くが「収入が低い」ということから、多くの延滞者が返済に苦しんでいる様子がわかる。

 自由記述欄には「仕事を掛け持ちし、食費を削って心身を壊した」「自殺未遂」「結婚を断念」などの内容もあったという。

 まさに奨学金返済地獄に陥っている人も少なくないのだ。

政府の対策だけでは部分的な弥縫策

 岸田内閣は「新しい資本主義を実現する緊急提言」の中で、成長戦略として「人への投資」を強化する方針を示し、11月に議論を終えた。

 その中で、2024年度から、返済不要の「給付型奨学金」を受給できる保護者の所得制限を、理工系や農学系の学生がいる世帯と3人以上の多子世帯に限り、緩和する方針を示している。前述の看護師のシングルマザーの家庭は2人なので多子世帯の対象にはならないが、理工系なのでなんとか対象になりそうだ。

 また、貸与型奨学金も、大学院生を対象に就職後の所得が一定に達するまで返済を猶予する「出世払い」方式を新設する予定だ。この「出世払い」奨学金は「日本版HECS」といわれる。「HECS(Higher Education Contribution Scheme)」はオーストラリアが導入している制度で、一定の要件を満たした学生の大学在学中に授業料の支払いを免除し、卒業後に所得(収入)金額に応じて返済する仕組みだ。

 ただ、この日本版HECSも大学院生が対象ということでは奨学金返済地獄対策としては限定的になり、返済地獄から抜け出せる人は一部であろう。大学院でも、修士卒の就職者が多い工学系ならともかく、文系、特に人文系では就職に苦労している現実があり、一定の所得を確保できる大学院卒の奨学金返済者がどれほどいるだろうか、という懸念もある。実質、出世払いが無理になる返済予定者が増加し、将来問題視される可能性もある。

奨学金の情報を総まとめにして活用ノウハウをPRすべきだ

 現在、給付型奨学金だけでも、企業や自治体も含めると6000を超すという。企業では奨学金の代理返済などもあり、人材確保の手立てとしているケースも目立つ。

 といっても、金額で見ると、推定で日本学生支援機構が9割を占める。同機構の場合、財源が税金ということもあって返済不要の給付型奨学金にシフトすることには抵抗があるようだ。以前、私が同機構に取材した時も、給付型を原則にすることには心理的抵抗があるように感じられた。バイデン大統領のような1万ドル(約140万円)の返済免除策にも、日本ではなかなか踏み切れないだろう。

 そこで、出世払い制度の日本版HECSを大学院生だけでなく、学部生全体に広げることが考えられる。特に受験生と大学生が同時期に複数になる多子家庭には、家計の所得制限の緩和だけでなく、給付型奨学金の増額や出世払いの貸与型奨学金との併用も拡充すべきである。

 多彩な奨学金制度の情報を一元化して、給付型奨学金だけでなく、日本版HECSも含めた貸与型奨学金の選択に役立つ、公的な情報提供のシステムを構築すべきだ。

 奨学金希望者が、在学校、進学志望校、出身地、家庭構成、保護者などの年収を含めた家計所得、希望する奨学金の種類(企業による代理弁済タイプも含め)などの条件によって、利用できる制度を具体的にリサーチできるようにすることが必要だ。

木村誠/大学教育ジャーナリスト

木村誠/大学教育ジャーナリスト

早稲田大学政経学部新聞学科卒業、学研勤務を経てフリー。近著に『ワンランク上の大学攻略法 新課程入試の先取り最新情報』(朝日新書)。他に『「地方国立大学」の時代–2020年に何が起こるのか』(中公ラクレ)、『大学大崩壊』『大学大倒産時代』(ともに朝日新書)など。

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