「ドコモとKDDIのスタッフは、暇な時には仲良く話をしていたりして、うらやましく思っていました。しかしソフトバンクでは、他社のスタッフと話をするのは厳禁。情報を流されるとでも思っていたのでしょうか」(同)
また派遣にもかかわらず、Aさんにはノルマが設定されていた。1日当たり新規契約1台、機種変更2台、この目標を達成できなければ、店長から呼び出される。
「多分、相性も悪かったのでしょう。この店長から目をつけられてしまったようで、よく叱責を受けました。仕事のミスや業務についての注意だけであれば、まだ耐えることもできたのですが、時には人間性も否定され『お前みたいな人間は、どんな仕事をやってもうまくいくはずない』などと罵倒されたこともありました」(同)
呼び出されるとタイムカードを切るように指示され、そこから説教が始まるのだ。叱責は2時間以上にわたったこともあったという。当然、その間は時給は発生しない。
●現場レベルではコンプライアンスは軽視
「本社からコンプライアンスに関する通達のようなものは、しょっちゅう来ていました。しかし現場では、まともに守られていませんでした」(同)
前述のタイムカード打刻後の説教もそうだが、就労時間などもきちんと守られていなかったという。規定では毎日1時間の休憩時間が与えられることになっていた。しかし、1時間分の時給は引かれていたにもかかわらず、1時間の休憩を取ることはできなかったとAさんは語る。
「『休憩は40分だけ。それがこの店のルールだ』と言われました。最初、私はそれを当たり前だと思っていたのですが、一緒に入ったスタッフからの指摘で、おかしいということを知りました。そこで派遣会社に問い合わせをしました」(同)
本来、こうした事態になった時、派遣会社がスタッフを守るものだ。しかし近年では派遣会社も厳しいのだろうか、実際にはソフトバンクの社員のほうが強く、派遣会社の担当者は「こういうものだから」となだめることしかしなかったという。
また、Aさんが問題視していたのは、iPhoneを購入した客の了解を得ずに、ブースが入っている家電量販店のアプリケーションをインストールしてから端末の引き渡しをしていたことだ。最近、家電量販店などでは、独自のアプリをつくり、それによって顧客管理を行っている。Aさんの勤務していた店舗では、勝手にソフトバンク側であらかじめインストールしてしまっていたというのだ。
「一応、アプリについて説明はしますが、無料だからとさらっと話して終わり。きちんと了解を得てはいませんでした」(同)
実は、以前にも同じことを行い、客からクレームを受けたことがあったという。それからしばらくはアプリを店側でインストールすることはしていなかったが、ほとぼりが冷めた頃にまた復活したというのだ。勝手にアプリをインストールすることは、プライバシーの観点からも問題だろう。そのためAさんはたびたび、社員に疑問を呈したという。その結果、ますますAさんへの風当たりは強まり、職場を追われることとなった。
「今思えば、社員も悪気があったわけじゃないと思います。しかし店舗ごとのノルマも達成しなければいけない、そのためには少々のことには目をつぶらなければいけないし、ストレスもたまっていたのでしょう。その時、ちょうど怒鳴りやすい場所に私がいた、ということだったのかもしれません」(同)
そう言うと、Aさんは弱く笑った。
会社の経営方針や事業戦略が当たり、シェアを伸ばしたソフトバンク。しかし実際に店頭に立ち、スマホを販売する一人ひとりのスタッフは、常にプレッシャーにさらされ続けている。そのしわ寄せが派遣社員のように社会的立場の弱いところに行くとすれば、見逃してはならない問題だ。
電波状況の改善なども急務だろう。しかし携帯電話販売の前線に立つスタッフの労働状況の改善こそ、早急に行わなければならない課題ではないだろうか。
(文=斉藤永幸)