腐敗が進む巨大新聞社、失われるジャーナリズム、堕落する社員、政府と癒着…
業界最大手の大都新聞社の深井宣光は、特別背任事件をスクープ、報道協会賞を受賞したが、堕落しきった経営陣から“追い出し部屋”ならぬ“座敷牢”に左遷され、飼い殺し状態のまま定年を迎えた。今は嘱託として、日本報道協会傘下の日本ジャーナリズム研究所(ジャナ研)で平凡な日常を送っていたが、もう一人の首席研究員、吉須晃人とともに、新聞業界のドン・太郎丸嘉一に請われ、大都・日亜両新聞社の社長のスキャンダルを写真週刊誌に暴露する計画に協力した。しかし、両社はこれを事実無根とし、名誉毀損による損害賠償を求め、裁判を起こした。
翌週、日本ジャーナリズム研究所首席研究員の深井宣光は気が重かった。できれば、資料室に出勤したくなかった。同僚の吉須晃人とのやりとりに残尿感があったのも一つの理由だったが、それよりも、“井戸端会議好き”の開高美舞の顔が浮かび、面倒くさかったのだ。しかし、大震災後も週2回は立ち寄っており、一度も顔を出さないわけにはいかない。やむなく、8月24日、水曜日、昼前に資料室に出勤した。
案の定だった。幸い、日亜の送り込んだ“スパイ”で、研究員の伊苅直丈は席にいなかったが、部屋に入るなり、受付席の美舞と顔を突き合わせた。
「ねえ、深井さん大変よ。吉須さん、辞めるんだって。知っている?」
「知っているわけないだろ。俺は吉須さんにはもう半年以上、会っていないよ。そうだ。舞ちゃんが『会長が探している』って大騒ぎしていた時だよ。あれは2月末か3月初めだろう。確か、大震災の前だったから…」
「そんなこともあったわね。でも、それなら、教えてあげるわよ」
一番奥の自席に向かう深井に対し、受付の席で腰を浮かした美舞が続けた。
「あのね、吉須さん、もう、資料室にも来ないんだって。昨日、私に電話があったの、『デスクのものは全て処分してくれ』ってね。でも、何のことだかわからないじゃない? それで、総務に聞いてみたのよ。そしたら、一昨日、吉須さんが事務局長のところに来て『今月いっぱいで辞める』って帰ったというのよ…」
「ふむ。俺がそんな話、知っているわけないだろ? 大体、吉須さんは日亜出身だろ。大都出身の俺にはなんの情報もないよ」
「そうなの?」
残念そうに、美舞は受付の席に腰を落とした。
「舞ちゃん、伊苅君に聞けばいいよ。奴は日亜出身だからな」
「そんなこと、わかっているわ。伊刈さんは今、日亜本社に行って、取材しているわ。ほら、2か月くらい前、写真週刊誌『深層キャッチ』に村尾(倫郎)社長と芳岡さんの不倫のことが載ったでしょ。彼はそれと関係があるんじゃないか、とみているのよ」
「じゃあ、奴に聞けばいいさ」
「そうね。そうするわ。私、昼食に出ます」
美舞はそういうと、立ち上がった。
「わかったよ。俺も30分くらいで出かけちゃうから、戸締りはちゃんとして置くよ」
深井はドアを開けて外に出る美舞の後ろから声を掛けた。