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なぜ朝日は謝罪すべきではなかったのか 情報提供者を裏切り、公権力の監視を放棄

文=井上久男/ジャーナリスト
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 情報提供者には身の危険が及ぶ可能性すらある。現に少し前のことだが、東電関係者から「吉田調書朝日に漏らした人物がわかったので、そちらで記事にしないか」と一部メディアへの打診も行なわれている。政府と一体化した揺さぶりであろう。具体的な話を書くことをあえて避けるが、明らかに公安関係者も動いているようだ。今回の朝日の謝罪や今後計画している対応は、調査報道を行う上で新聞社が一番大切にしなければならない「情報提供者の保護」を放棄する行為であり、新聞社として最低の行為といえよう。

●罪の重い、従軍慰安婦検証報道をめぐる朝日の対応

 批判の焦点となった「命令違反」があったのか否かについては、朝日が踏み込んで書き過ぎた部分はあるが、それがまったくなかったと完璧に証明されているわけではない。吉田調書の核心はその点にあるのではなく、事故前後に何が起きていたのかを究明すべく、他の資料や関係者の証言と照らし合わせていくことにある。

 本報道が「誤報」として問題とされ、書いた記者らが処分されるのであれば、朝日に限らず多くの新聞記者が処分を受けるだろう。例えば読売新聞は最近、「目玉人事 小渕優子幹事長」と内閣改造人事を前打ちで報じたが、実際にはそうはならなかった。少し前に日本経済新聞が「サントリーとキリンが統合」と報じた件も同様である。古くは産経新聞が「江沢民死去」と大誤報を打ったケースもある。結果として誤報になってしまったが、こういうケースでは書いた記者が取材プロセスで、そのように信じるに至ったなんらかの材料があることが多い。人事などは書かれたことによって、人事権者がすでに決定した内容を覆すことさえある。だから捏造や誤報として扱われることはなく、記者も処分は受けるケースはほとんどない。

 9月11日の会見で木村社長は、「済州島で慰安婦を連行した」という従軍慰安婦問題をめぐる報道(1982年)を今年8月の検証記事で取り消した件についても謝罪したが、「検証して誤報があったのにこれまで謝罪がなかった」と批判されている問題や、池上彰氏のコラム掲載見合わせ問題と、吉田調書報道の問題は本質が違う。そもそも従軍慰安婦検証報道や池上氏のコラムは調査報道ではないので、朝日が守るべき情報源はないのである。そして、この2つの報道については、批判や問題が生じた事後の対応で、朝日の経営層や編集幹部が判断ミスをして外部からの批判が高まり、朝日のコアな読者層の信頼まで失うことになったのだから、こちらのほうが組織としての「罪」は大きい。

 これに対して、吉田調書報道には秘匿して守るべき情報源が存在するうえ、この報道によって、政府や東電から事実誤認などの指摘や抗議が来ていたわけでもなく、有権者や消費者に迷惑をかけたわけでもない。知識人層の中にも「この報道が日本を貶めた」と騒いでいる人たちがいるが、日本の国際社会におけるプレゼンスが低下し、韓国や中国に国際世論形成で劣勢なのは、外交力のなさから生じている問題であり、ひとえに外務省と政治家の力のなさによるものである。

●安易な謝罪をすべきではなかった

 朝日の敵対的メディアが後で吉田調書を入手し、朝日の報じた「命令違反」はなかったと書いたが、現政権や東電に近い筋から出た情報であることは見え見えであり、原発再稼働にあたって不都合になることを書くはずがないし、むしろ都合の良いことを書くものである。

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