4月に消費税率を5%から8%へ引き上げた際には国民に信を問わなかったのに、なぜ再引き上げを先送りすることについて信を問うのかなど理屈に合わない点も多く、野党が「大義なき解散」と批判するなど、波紋を呼んでいる。
大義の問題はさておき、この解散・総選挙が景気へ悪影響を及ぼすことは避けられないだろう。すでに来年度予算は再引き上げを前提に各省庁が概算要求の細目を積み上げる作業に入っていたため、一からやり直しをすることになる。また、総選挙後の国会で真っ先に審議されるのは再引き上げを延期するための消費税関連法案の改正となる。さまざまな重要法案や予算措置が先送りされることで、停滞感は強まるだろう。
さらに、再引き上げ分を財源に充てるとしていた社会保障関連費についても、計画の見直しを余儀なくされる。再引き上げを実施するまでは、所得税や控除を改正するなど消費税以外の税収を増加させなければ社会保障費は削減されることも懸念される。社会保険料のさらなる引き上げや年金支給額の減額なども検討されており、“社会保障制度の後退”となる可能性すらある。
消費税率の8%への引き上げと、かすかに明るさが見えてきた景気回復によりせっかく始まった賃上げの動きも、再引き上げが行われないのであれば賃上げ要求の圧力が弱まることが懸念される。
解散・総選挙で、異次元緩和の出口戦略はますます困難に
このように、解散・総選挙はさまざまな悪影響が考えられるが、これらよりも問題なのは、日本銀行が実施している質的・量的金融緩和(いわゆる異次元緩和)だろう。
衆院解散の3週間前に当たる10月31日、黒田東彦日銀総裁は追加緩和に打って出た。この追加緩和は市場関係者が予想もしなかった“サプライズ緩和”だった。
追加緩和の内容は、年60~70兆円のペースで増やすとしていたマネタリーベース(資金供給量)を、約80兆円にまで拡大する。中長期国債の買い入れペースを現状の年約50兆円から年約80兆円へと増やし、平均残存期間もこれまでの7年程度から7~10年程度に最大3年程度延長することを決めた。
日銀は「毎月の長期国債の買入額が8~12兆円になる」ことを明らかにしている。現在政府が発行する長期国債は毎月10兆円。つまり、政府が発行する以上の長期国債を日銀は購入することになる。これは、“財政ファイナンス”との批判を呼ぶことになろう。黒田総裁は国会の答弁で、「追加緩和は消費税率の再引き上げを前提にしたものだった」と答弁した。日銀は再引き上げの先送りで、はしごを外されたかたちとなった。
再引き上げの先送りで、日銀は異次元緩和を継続せざるを得なくなった。加えて、再引き上げに向けてさらなる追加緩和を実施する必要も出てくる。その上、異次元緩和により膨大な保有額となっている国債をどのように処理するのかという出口戦略は、さらに難しさを増すことになる。
黒田総裁の任期は18年4月までであり、再引き上げの1年後になる。残された期間が1年で出口戦略を実施することは難しいだろう。黒田総裁にとって、再引き上げ延期がもたらした唯一の朗報は、非常な困難を伴う出口戦略の責任を取らなくてもよい、という“免罪符”を手に入れたことだろう。
(文=鷲尾香一/ジャーナリスト)