原田 人定質問はドラマなどでもよく登場するので、一般の方もご存じでしょう。裁判の冒頭で名前、本籍、住所、職業、生年月日を聞く手続きです。ここで、例えば「住所不定、無職か?」といきなり聞くのと、「今の住所はどうなっている、今職業はどうなっている」と聞いて、「以前はAに住んでいたが、今はB公園に住んでいる」とか、「以前はC業だったが、今は廃品回収業である」など、本人の言い分を答えさせるのとでは、被告の裁判官に対する気持ちは多少なりとも変わってくる可能性があります。「この裁判官なら、真実を話したら耳を傾けてくれるかもしれない」と思ってもらえれば上出来です。
――本書のタイトルにも「事実認定」という言葉を使われていますが、原田さんは事実認定を誤ることの重大さを強調しておられますね。
原田 刑事裁判の判断は、事実認定と量刑で構成されています。事実認定は、「被告人が真犯人なのかどうか?」「事実が、検察が言っている通りなのかどうか?」の判断で、「どのくらいの刑罰を科すか?」が量刑です。このうち、事実認定は無実の人を刑務所に入れ、場合によっては死刑にしてしまうなど、まさに正義に反する致命的な結果を招く可能性があります。
――本書では、正しい事実認定を可能にする、具体的な方法をいくつか挙げておられます。1審とは異なる判決になるのは、どういうときでしょうか?
原田 客観証拠の見方を変えてみたら、「合理的疑いを差し挟む余地」が出てくるような場合ですね。「被告が言っていることが正しい」という前提で証拠を見てみたら、本当に被告の言っていることが真実だと思えてくるような場合です。
――だから事実認定が重要なんだと。
原田 そうです。この本では事実認定の重要性が後輩の裁判官に伝わるよう、証拠の見方を変えたら「合理的疑いの余地が出てきた」という事例を集めて紹介しました。
判決を出すことの難しさと重み
――裁判の結びである判決ですが、有罪かなと思いながらも無罪、という判断を出すことはないのでしょうか?
原田 裁判は証拠で争うものです。裁判官は検察がそろえた証拠で判断しますから、検察が裁判官にこの被告は100%クロだと確信させるだけの証拠をそろえられないのであれば、有罪にしてはいけないのが裁判官です。ですから、検察の立証が足りなければ有罪にしてはいけない。それに尽きます。
――有罪か無罪か、判決を出すにあたって迷うことはありますか?
原田 迷うとか迷わないとかの次元とは違いますね。要は検察がそろえた証拠で、有罪か無罪かを100%確信できるかどうかですから、強いて言えば「迷うような立証でしかないなら、有罪にしない」ということになるんですかね。裁判には一人の裁判官が判断するものもあれば、複数の裁判官で判断する合議制の裁判というのもあります。最高裁は常に複数です。そうなると裁判官ごとに異なる判断を下すことはあるわけで、有罪8対無罪7なんていうこともあるわけです。
それでも、個々の裁判官は自分の判断に確信を持っている、というよりも、持たなければいけないんです。同じ証拠を検証して、この証拠なら誰が見たって有罪だと確信する裁判官もいれば、確信できない裁判官も出てくる。もちろん確信に至るまでは徹底的に検証しますけれど、最後は確信を持てたら有罪、持てなければ無罪です。
――常に正しい判決を出さなければならない、というプレッシャーを感じることはありますか?