ネガティブイメージ払拭への取り組み
これまで東京の街で話題になるのは新宿・渋谷・原宿といった若者が闊歩するエリアであり、東部エリアはあまり脚光を浴びることがなかった。話題に上がるとしても東京駅周辺や上野動物園などがほとんどで、北千住は宿場町としての歴史はあるものの、メディアなどで取り上げられる機会は少なかった。
話題のスポットが西部に偏重している状態を打破する起爆剤として期待されたのが、12年にオープンした東京スカイツリーだ。しかし、スカイツリーの地元の商店街で話を聞いて回ると、スカイツリー効果は思ったほどではなかったと肩を落とす商店主が多い。結局、魅力を打ち出せる観光資源が東京スカイツリーひとつでは観光客は長時間滞在してくれず、経済効果は限定的だった。
お膝元である墨田区ですら思うような経済効果を得られなかったのだから、足立区に至ってはその経済効果を実感することは難しい。それでも足立区は地道な努力を続けてきた。観光客の取り込みだけではなく、東京都民や近隣の千葉・埼玉県民にも足を運んでもらえるような町づくりに励んでいるのだ。
足立区は先にも触れたように「治安が悪い、ガラが悪い、汚い、下品」といったネガティブなイメージがつきまとっていたため、行政もそうしたイメージを払拭する施策を試行錯誤してきた。
例えば、足立区の住宅街では夜間に公園にたむろする若者たちが遊具などを破壊する事件が頻発し、近隣住民から「怖くて、夜は外出できない」と苦情が出ていた。足立区はそれらの対策として、09年に若者だけが聞こえる不快音「モスキートーン」を発する機器を公園に設置して、若者が公園に長居できないような策を講じた。ちなみに、この施策は健全な青少年も排除することにつながるとの批判があったことから、現在は行われていない。
犯罪減少、大学キャンパス続々開設…
代わって現在、足立区が力を入れているのが、08年から開始した“ビューティフル・ウィンドウズ運動”だ。
「足立区は、刑法犯の認知件数が23区ワーストワンという不名誉な記録を更新していました。これらの内訳は放置自転車の盗難が圧倒的に多く、必ずしも足立区で凶悪な犯罪が多いわけではありません。しかし、イメージが独り歩きして、『足立区は怖い』と思われているのも事実です。そこで自転車の盗難やゴミのポイ捨てを防ぐなど、犯罪が起こりにくい土壌をつくるためにビューティフル・ウィンドウズ運動を始めたのです」(足立区役所広報)
足立区のビューティフル・ウィンドウズ運動は、「ブロークン・ウィンドウ(壊れ窓)理論」【編註:軽微な犯罪を徹底的に取り締まることで、他の犯罪も抑止できるとする理論】に基づいて治安を向上させた米ニューヨーク市を手本としている。足立区では、町内会などと連携して防犯パトロールに乗り出すといった防犯対策のみならず、歩行喫煙禁止の徹底、駅前広場や公園などの清掃、公共空間の緑化にも積極的に力を入れた。運動の効果は数字にも表れ、刑法犯の認知件数23区ワーストワンを返上することに成功した。
「最近、北千住は住みやすくなったという評判を耳にすることが多くなりました。これもビューティフル・ウィンドウズ運動の成果だと思います。しかし、これで十分だとは思っていません。足立区が区民を対象にした意識調査では、まだ41%の区民にしかビューティフル・ウィンドウズ運動は認知されていないのです。当面の目標は、区民の認知度を50%にすることです」(同)
くしくも北千住近辺には、06年に東京芸術大学がキャンパスを設置。ビューティフル・ウィンドウズ運動が広がるのと歩を合わせるかのごとく、その後も東京未来大学、帝京科学大学、東京電機大学がキャンパスを開設した。こうした大学の進出も、足立区のイメージアップに貢献している。
国際観光都市と文教都市――足立区の逆襲はまだ始まったばかりだが、これまでのイメージからは想像できない、新しい足立区の未来図が描かれようとしている。
(文=小川裕夫/フリーランスライター)