しかし、現在は当時ほど高値がつくことはなくなっているという。その理由を、趣味で養殖も手がけている昆虫マニアのO氏に聞いた。
「ブームが過ぎ去ったというのもありますが、以前に比べると格段に養殖の技術が進歩したため、入手が簡単になったということも大きいです。私のように、サラリーマンが片手間で昆虫のブリーダーをできるようになってしまいました。また、99年の11月に規制が緩和され、外国のクワガタやカブトムシの輸入が可能になったのも、ひとつの契機です。有名なヘラクレスオオカブトをはじめとした“舶来品”が手に入るようになったことで、相対的にオオクワガタなどの価値が落ちてしまったという影響もあります。実際、ブリーダーをやっても全然儲けはなく、ボランティアのようなものです」
しかし、昆虫のブリーダーの中には、危ない橋を渡って儲けを出している人もいるという。
「日本国内への持ち込みが禁止されている昆虫をこっそりと持ち込んで、違法に外国産の昆虫を育てている輩がいるのです。ゴライアスオオツノハナムグリなどが有名で、そういう昆虫は飼育の難易度も高いのですが、知識とテクニックを持ち合わせたマニアが育て、昆虫収集マニアに売る、という市場が出来上がってしまっています。以前のように1匹1000万円とはいきませんが、種類によってはかなり儲けが出るようです。また、最近はやっているのは、本来生息域が全然違う2つの種を交配させて亜種を作ることです。『自分しか持っていないレアな1匹』という特別感は、マニア心をくすぐるのでウケがいいのです」(同)
こういった昆虫の闇取引は、警察が証拠集めなどに手間取り、検挙されにくいため、黙認されがちだという。
過去に逮捕例はあるものの、その多くがインターネットオークションなどで大っぴらに販売したことが原因のようだ。そのため、知り合い同士で取引する分には、捕まるケースはまれだという。また、O氏はそれ以外のリスクについても次のように語る。
「警察の目につくこと以外にも、こういった昆虫の飼育にはリスクがあります。昨年流行したデング熱もそうですが、伝染病の中には虫を介してうつるものもあるからです。正規のルートで輸入した場合は、検疫によって細菌やウイルスの有無がチェックされますが、密輸されたものに関しては野放しです。私の知り合いは、裏で流通した昆虫を飼育している時に、動悸や息切れがしやすくなったので病院に行くと、喉から食道の入り口にカビが生えていたそうです。幸い、抗生物質を服用したらすぐに治ったようですが、それ以来、彼は密輸品には手を出さなくなりました」
昆虫が原因でパンデミックの可能性も
一部の心ない昆虫マニアの行為により、本来日本にはないはずの伝染病が流行する――そんな事態になっては迷惑千万だが、伝染病に関してはさらなる危険があるとO氏は危惧する。
「先に述べた亜種を生み出す、という行為の際に、交配する虫同士にウイルスや細菌がついていた場合、双方が刺激されて未知のウイルスが生まれる可能性があるといわれています。本来、交わらないはずのウイルスや細菌が触れ合うことになるので、その時に何が起こるのか、まったく予想ができないのです。最悪の場合、既存の抗生物質に耐性があり、感染力も強い『悪魔のウイルス』が生まれることすら考えられます」
密輸された昆虫によって生まれる未知のウイルスが、日本でパンデミックを引き起こす――。荒唐無稽という言葉で済ませるには恐ろしすぎるこのシナリオが現実にならないことを、切に願うばかりである。
(文=編集部)