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江川紹子の「事件ウオッチ」第26回

両陛下ご訪問で注目のパラオ・ペリリュー島とはーー人々に意味のない死を強いた戦争の現実

文=江川紹子/ジャーナリスト

戦後70年の今ーー無意味な死を直視すべき

 戦いは、始めるより、終わらせるほうが難しい。終わらせようとすれば、それに伴うさまざまな批判や問題に向き合わなければならないからだ。その責任を取る者がいなかったために、多くの兵士が意味のない死を強いられたのではないか。

 日本は硫黄島、沖縄などで同様の持久戦を展開。本土を守るための捨て石とされた沖縄では、民間人の死者が約9万4000人に上った(当時の沖縄県の人口は約50万人)。さらに、原爆や空襲でも、何十万人という人々が亡くなった。特攻作戦によって失われた命も何千にも上る。

 そうした死が、意味のない死であったと認めるのは、極めて心苦しい。遺族に対する心遣いもあって、人は戦争で失われた命に何らかの意味を見いだそうとしていく。祖国を守る盾となった、愛する人を守るための戦いだった、戦後日本の礎となった、今の平和があるのは亡くなった人達のおかげ……と。私たちは、そんなふうに死に意味づけをして、戦争で失われた命に敬意を払ってきた。戦争による死を意味づけることで、それは美しい物語にもなり、書籍や映画やドラマなどで人々を感動させてきた。

 人々が戦争のむごたらしさを実体験として共有し、戦争で死ぬむなしさを実感していた時代には、それでよかったのだろう。物語は、遺族にとってはせめてもの慰めにもなり、多くの生き残った人々の傷ついた誇りを癒やしもしただろう。しかし、2013年10月1日現在の人口推計で、戦後生まれは79.5%に達し、現代人のほとんどは戦争を体験していない時代だ。しかもマスメディアは、人の死体のようにむごたらしい映像はほとんど伝えない。

 その一方で、美しい物語は今も盛んに流布されている。作られた話もあれば、実話もある。特攻隊員を題材にした小説が大ヒットし、映画にもなった。そのような作品は、何も戦争を賛美するために作られたわけではないだろう。また、靖国神社遊就館などに展示された、死を前にした兵士が家族に宛てた手紙などは、見るたびに心打たれずにはいられない。その死になんらかの意味を与えずにはいられない気持ちになる。

 そうした感動を否定するつもりはないけれど、これで戦争の実相が伝わるだろうか、とも思う。私たちは、「悲しくも美しい物語」や「崇高な自己犠牲の物語」だけでなく、人々の意味のない死を強いた「無残な現実」を、もっと継承していかないといけない。

 そのためには、とても心苦しいことではあるけれど、戦争での死について、ことさらに意味づけをするのは、できるだけやめたいと思う。戦争によって、人々は狂気に駆り立てられ、意味のない死へと追い立てられた。その究極の姿が、ペリリュー島の戦いだと思う。そこでの死の無意味さを直視し、戦争とは何かを考えることによって初めて、彼らの死にも意味が出てくるのではないか。

 感動的な物語は商業ベースにも乗りやすく、多くの人たちに届く。けれども、無残な現実は、できれば見たくないのが人情。したがって、戦争のむごたらしさは、よほど努力をしないと置き去りにされがちだ。そのうえ、実際に戦いを経験した人々は、みな90代と高齢で、証言者がいなくなる日もそう遠くない。だからこそ、この番組のような過去の映像や証言が、これからも多くの人の目に触れるような機会を意識的に作っていくようにしなければならない。教育の場でも、積極的に活用してもらいたい。

 両陛下の訪問によって、ペリリュー島の存在は多くの人に記憶されることになった。この機会に、無残な現実を含めて、記憶を継承できるような方策を考えたいものである。
(文=江川紹子/ジャーナリスト)

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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