「常識君」と「極論君」は健康談議に花が咲いています。今回のお題は「人間ドック」についてです。
常識君は「長生きするには人間ドックを定期的に受けたほうが良いに決まっている」という論調で、極論君は「人間ドックに行かないほうが長生きする」と最近書店やメディアなどで目にするようになった論調にはまっています。
まず直感的には、病気を早く見つけて早急に対処したほうが得策であるに決まっています。だからこそ、人間ドックや検診をみんな一生懸命に受けて、そして病気を早期発見し長生きしたいと思っています。それに従事している人たちも、社会貢献の意味合いもあって、その職業に生きがいを見つけているのでしょう。
一方で、人間ドックに行ってもあまり意味はなく、むしろ体の不調に気がついてから病院で受診すればそれで十分だという論調も確かにあります。
後者のような極端と思える意見が葬り去られないのは、ある程度の根拠があるからです。まったくの事実無根であれば、やはりこれだけの情報化社会ですから、そんな怪しい意見は自然と退場するのです。
医療は精一杯今正しいと思っていることをやっています。それは将来はっきりと結論が出るのですが、今どれが正しいのかは実は不明なのです。そしてたくさんの病気があり、そしていろいろな人がいるので、各個人にとってどの選択が正しいかは、もっと混沌としてきます。
各個人の「いろいろ感」が科学的に分類できるようになると、個性に沿って治療法や予防法も変わるはずです。遺伝子の構造が判明し、そして人間のDNA配列がすべて確定されても、いまだにそのいろいろ感を正確に把握する方法はありません。
つまりある人は人間ドックを受けたほうがいいでしょうし、もしかしたらある人は受けなくても命の長さに差がないのかもしれないのです。
マンモグラフィーに関する調査
それではサイエンスにならないので、一生懸命に研究は行われています。
たとえば、乳がんの早期検査であるマンモグラフィーという、乳腺の特殊なX線撮影が必要かということを調べた研究があります。カナダの研究で約9万人の40歳から59歳までの女性を、くじ引きで毎年マンモグラフィーを受けるグループと受けないグループに分けたところ、なんと25年間の経過観察において死亡率に差がありませんでした。「Canadian National Breast Screening Study」でネット検索するとすぐに見つかります。乳がん検診を毎年受けている人にとっては、なんとなくがっかりする結果ですね。ですから常識君と極論君の議論は終わりがないのです。
私が思うに、これはマンモグラフィーという検査の有効性を単純に論じたものであって、各個人のがんの起こりやすさを考慮して超音波検査やMRI検査などを加味すれば、やはり差が出るように思うのです。そしてもしも差が出なかったとしても、体に負担のない、そして金銭的に問題ない範囲の検査であれば、やっておいたほうが良いように感じます。
しかし、そんな直感は、極論君の意見を否定するには力不足であることも事実です。極論君に軍配が上がるストーリーは、無用な検査でかえって不利益を被ることが証明されたときです。
(文=新見正則/医学博士、医師)