決してそれぞれの良し悪しを論じるものではありませんが、ミルク育ちと母乳育ちではその口周りの筋肉の発達度には見てわかるほどの違いが現れます。
また、おっぱいの唇や頬に触れる質感、におい、ぬくもり、母乳の味など、たくさんの情報が哺乳の行為の中で脳に入り、それを基に咀嚼システムをはじめとするさまざまなシステムの形成が行われていきます。赤ちゃんは一番の成長期です。成長期には栄養・エネルギーを与えるだけではなく、適切な負荷をかけ、幅広い情報を与え、鍛え、育てるという観点も重要です。
咀嚼システムは正しく育成するもの
生後6カ月あたりから、乳歯が生え始めると「口の中に硬いものがある」という情報が脳に入り始めます。その後、ほかの乳歯が少しずつ生えてきて上下の歯が触れ合うようになると「口の中の硬いものが噛み合う」という情報に変わります。このように、日々変わる歯や口からの情報に応じて、食べ物を粉砕し飲み込めるものにするという咀嚼行為を学習し、食べられるものの大きさや種類を大幅に増やし発達させ、ついには口の中いっぱいの食べ物の中から髪の毛一本を選り出すという神業のごとき振る舞いができる咀嚼システムへと成熟していくのです。
では、もしこの時期に歯や口に不具合が存在したらどうでしょうか。
例えば、「乳歯に虫歯ができて痛みがあり、その歯で噛めない」「顎関節に動きの不調和がある」といったことがあれば、それに応じたシステムづくりをしていきます。噛める側と噛めない側の筋肉や骨格には明らかな差が生じ、噛める側だけを使って咀嚼するシステムとなっていき、偏った咀嚼運動を自分固有のものとして獲得してしまうのです。さらに、そのシステムに応じた筋・骨格系へと固定化してしまうという悪循環に陥ります。この顎・口腔領域の筋・骨格の左右差やゆがみは全身にも影響を及ばします。これについては、別の回で「顎・口腔系」の力学的視点として詳しく説明いたします。
筋・骨格などの物質的な要素と、それを働かせるシステムは相互に影響し合い、日々変容し、その人オリジナルの連携をつくっていくのです。
哺乳から始まる一連の成長過程の中で、咀嚼システムを正しく育て、より良く成熟させることが体全体の発育にとって非常に大事だということの一端をおわかりいただけたのではないでしょうか。
次回からは、咀嚼システムの青年期、壮年期、老年期に応じたとらえ方と「かみ合わせ」との関連を考えていきたいと思います。
(文=林晋哉/歯科医師)