本連載では、前回まで全身の健康は口の健康が支えており、その口が健康であるためには、口をストレスなく機能させるための良好な咀嚼システムを獲得することが大事だということを述べました。
口は命の源
自然界において、人間の赤ちゃんは「超早産」といわれています。脳(頭)が大きすぎるため、完全発育する前に出産しなければ産道を通ってこられないからです。したがって、ほかの動物たちと違って、生まれてすぐに放置すると死んでしまいます。対して馬や犬などは、自ら立ち上がって母親のおっぱいを飲みにいきます。
その人間の赤ちゃんが生まれた時点で唯一持っている能力が、吸啜(きゅうてつ)反射です。頬や唇に乳首が触れると、そちらを向いて乳首をくわえおっぱいを飲むという反射です。その行為がなされなければ生きてはいけません。つまり、摂食という生きるための情報は、口から初めて脳にもたらされます。
出産直後、肺が空気で満たされて呼吸が始まり、そしておっぱいを飲むという摂食も始まり、「入れて、出す」という命の循環が始まります。この時、口から脳にもたらされる情報が、これから始まる「生きる」ということを支える原始的なシステムを発動させるのです。
体のシステムの形成は哺乳から始まる
人間の胎児は、おなかの中でおっぱいを飲むように顎を動かす仕草をすることが確認されています。いわば哺乳の練習でしょう。こうして、生まれてすぐにおっぱいを飲み始め、ここから咀嚼システムを始め、生きるために必要なさまざまなシステムの形成・育成が始まります。
人間は通常、生まれた時には歯が生えていません。生後6カ月頃から下の前歯の乳歯から萌出し始め、生後3歳を過ぎた頃に全部の乳歯20本が生え揃います。最初の歯のない時期は完全に哺乳のみで生命活動のエネルギーのすべてをまかない、この間に咀嚼筋、顎関節など顎・口腔とそれを機能させる咀嚼システム(系)が日に日に発達・発育していきます。
このとき大事なのは、どのような質の情報が脳にもたらされるかということです。この哺乳期は、体から脳に入る情報の多くは口からのものです。つまり、口から入る情報の良し悪しが体全体の発達・発育に大きく影響すると考えられます。
例えば、哺乳をミルクで行うか、母乳で行うかでは口から脳に入る情報はかなり違います。まず力学的な視点でみると、その哺乳のしやすさです。母乳の場合は乳首を噛むようにおしつぶす努力をしないと飲みづらいのですが、ミルクの場合は出づらい乳首を選んで買わない限り、普通の乳首では努力をしなくてもたやすく飲むことができます。つまり、咀嚼筋に対する負荷が違い、結果その発達に違いが出てきます。