新型コロナウイルスの第5波が過ぎ、街は活気を取り戻している。これまで自粛に徹していた人も外出の機会が増えるのではないだろうか。
だが、いざ外出しようとしたら、「服がきつい」といった“コロナ太り”に悲鳴を上げる人も出てくるだろう。そんなコロナ太りも、楽に痩せられるという「メディカルダイエット」「GLPダイエット」が世間に広がっている。
GLP-1は、もともと人の体の中にあるホルモンで、インスリンの分泌量を増加させる作用がある。GLP-1の分泌量が多いと食欲が抑えられ、少量の食事でも満腹感を感じることができ、痩せやすいといわれる。痩せ型の人はGLP-1の分泌が多いが、肥満型の人はGLP-1が少なく満腹感を感じにくいため衝動的にたくさん食べてしまうと考えられる。
薬によってインスリン分泌を増加させ、痩せやすくするのがGLPダイエットだ。その際に使用される薬は、糖尿病治療薬「ビクトーザ」である。メディカルダイエットという言葉から、安全なものと考える人も少なくないようだが、実は危険も伴い、使用には十分な注意が必要である。
ビクトーザは、2型糖尿病の治療に用いられる薬で、1日1回自己注射によって使用する。渋谷アマソラクリニック院長、細井龍氏にGLPダイエットの現状について聞いた。
「糖尿病治療薬ビクトーザによるメディカルダイエットが、ここ1~2年ほど増えています。特にこの数カ月は増える傾向があるように感じます。多くの美容クリニックでやっている、悪く言えば横行しているといった感じです」
ビクトーザによる糖尿病治療の際には、患者への十分な指導と定期的な血液検査等を行い、医師による管理が必要である。なかでも低血糖に関する指導は重要であり、理解が不十分なまま使用すれば、低血糖から死を招く恐れもゼロではない。そのような薬をダイエットに使用するのは、危険であると言わざるを得ない。
低血糖
我々が米やパン、麺類、果物などを食べると、それらに含まれる糖質が体内でブドウ糖となり、日々の活動エネルギーとして使われる。血液中に含まれている糖の量を示す数値が血糖値である。低血糖とは、血糖値が異常に下がった状態をいう。
健康な人では、血糖値が70mg/dl以下になると血液中の糖の量を増やそうとする調節機能が働くため、極端に下がることはない。しかし、糖尿病薬を使用している場合には、薬の影響により血糖値が下がりすぎることがあり、50mg/dl以下になると痙攣、昏睡といった深刻な症状が起き、さらに血糖値が続けば死に至る可能性もある。
ビクトーザは、その性質から低血糖を起こしにくい薬ともいわれるが、100%起こさないとは言い切れない。低血糖についての指導を受け、理解していなければ、低血糖に陥っても危険な状態だと気づきにくい。
「低血糖で人は簡単に死んでしまいます。実際に糖尿病の治療にGLP注射を使用する際は十分な指導と管理が必要ですが、メディカルダイエットではそういったサポートがされているか疑わしいですね」
2020年6月、医師会があるダイエット法に関しての注意喚起を行った。その内容は、一部の医療機関で糖尿病治療薬を「ダイエット注射」などと呼び、適応外のやせ薬として使われているとして、「治療の目的から外れた使い方は、医の倫理からも外れる」と批判。さらに厚生労働省など関係省庁に対応を求めることを検討するとの意向を示した。
また、日本糖尿病学会もGLPダイエットに警告を出しており、医学的見地からその危険性は明らかであるにもかかわらず、美容医療界でGLPダイエットを推奨している現状には大きな疑問を感じる。
近年では、女性のみならず男性もダイエットをする人が増えている。ダイエットに医療のサポートが必要だという人は、糖尿病専門医や肥満症専門医がいる病院での受診をオススメしたい。
(文=吉澤恵理/薬剤師、医療ジャーナリスト)