人生100年時代となった今、人々の関心は「健康寿命」をいかに長く保ち、人生を謳歌するかということだろう。健康思考が高く、生活習慣を見直し、バランスの良い食事に適度な運動を実践する人は多い。
健康に害があるともいわれるタバコに関しては、もはや喫煙者の肩身が狭い状況である。厚生労働省「最新たばこ情報」の統計情報(2020年12月)によると、習慣的に喫煙している人の割合は16.7%であり、男女別にみると男性 27.1%、女性 7.6%であった。過去10年間の推移を見るといずれも有意に減少している。
しかしながら、喫煙率が下がっているにもかかわらず、厚労省の発表を見る限り、肺がんの罹患数は増えている。喫煙と肺がんには相関関係がないのだろうか。「埼玉みらいクリニック」院長の岡本宗史医師に聞いた。
60歳以降で肺がんが急増
「肺がんの罹患数は年々増加傾向であり、2018年には約12万が新規の肺がんと診断されています。(全国がん罹患モニタリング集計より)男性が女性より約2倍多く、60歳以降で発症が急増しています。また、肺がんの死亡数も年々増加傾向であり、2019年には約7万5000名が肺がんで死亡しており、がん死亡数のなかでは1位です(国立がん研究センターがん情報サービス「がん登録・統計」より。注:女性のみの統計では乳がんが1位)」
昨今の肺がんの罹患数増加に伴い、60歳以上の男性喫煙者の場合、肺がんで死亡する可能性は心臓病で死亡する可能性と同等であり、女性喫煙者の場合でも肺がんによる死亡の可能性は、40歳以降では乳がんで死亡する可能性を上回っているという考察もある。
タバコに含まれる発がん物質
「肺がんのリスクとしては、何より喫煙が挙げられます。肺がんは肺の細胞の遺伝子が損傷を受け、複製の際に遺伝子変異を引き起こし、異常な細胞(がん細胞)が無秩序に増殖を繰り返すことで生じますが、その一番の原因が喫煙と考えられています。タバコの煙の中には約200種類もの有害物質が含まれており、このなかにベンゾピレンなどの発がん物質が含まれることが確認されています。事実、非喫煙者群に対して、喫煙者が肺がんに罹患するリスクは、現在の喫煙者で4.5倍、過去の喫煙者(禁煙者)で2.2倍という報告があります。(Int J Cancer. 2002 May 10;99(2):245-51より)」
発がん性物質が、タバコの煙の中にも含まれるということは、喫煙者のみならず周囲へ及ぼす影響もリスクが高い。
「受動喫煙についても、受動喫煙のある人はない人と比較して約1.3倍肺がんに罹患しやすいとの報告もあります。(Jpn J Clin Oncol. 2016 Oct;46(10):942-951.より)」
2020年4月に受動喫煙防止法が施行され、受動喫煙のリスクは広く認知されていると思うが、喫煙者は、タバコを吸う際は、周りへの配慮を十分に行ってほしい。
喫煙率の低下でも肺がん増加の理由
喫煙と健康に対する意識、喫煙に関わる規制強化、たばこ税の増税等によって、1980年には43.1%あった喫煙率は、2019年には16.7%まで低下している(OECD healthより)。肺がんの原因である喫煙率が低下してきているにもかかわらず、肺がんの罹患者数が増加傾向であるという背景にはどういったことが考えられるのだろうか。
「その答えとしては、2つの理由が考えられます。1つは高齢化です。高齢化が進行することで、肺がんに限らず、がんの発症率また死亡者数が増加します。そこで高齢化など年齢による影響を除いた『年齢調節死亡率』で検討すると、1995年をピークにして、肺がんでの死亡者数は減少傾向であることがわかります(国立がん研究センターがん情報サービス「がん登録・統計」より)。
もうひとつの原因としては、喫煙から肺がんの発症までに数十年のタイムラグがあることです。つまり、たとえば現在肺がんを発症された方が、過去の喫煙に起因する可能性もあり、現在の喫煙率の低下とは直接関係づけられません。
喫煙が肺がんを引き起こすメカニズムについては、まだ十分にわかっていない点もありますが、喫煙が肺がんのリスクになることは科学的に証明されています。また喫煙は肺がんだけでなく、ほかのがんの発症や、COPD(慢性閉塞性肺疾患)、気胸、動脈硬化など、さまざまな側面から有害であります」
ひとつの細胞が1センチのがんになるまでには、長い時間がかかる。現在の喫煙率の低下が、肺がんの罹患率に反映されるのは、もう少し先なのかもしれない。タバコがさまざまな健康被害を及ぼす可能性があることは事実であり、喫煙者もそういった事実を踏まえ、吸い過ぎには注意してほしい。
(文=吉澤恵理/薬剤師、医療ジャーナリスト)