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片田珠美「精神科女医のたわごと」

市川猿之助、両親を一家心中に巻き込んだ謎…完璧主義と家族の強い一体感が裏目に

文=片田珠美/精神科医
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市川猿之助のInstagramアカウントより(編集部にて一部加工)

 歌舞伎役者の市川猿之助さんが5月18日、自宅で意識がもうろうとした状態で見つかり、両親が死亡した事件について、前夜に開かれた“家族会議”で猿之助さんは両親に次のように提案したと「週刊文春」(6月1日号/文藝春秋)が報じている。

「週刊誌にあることないこと書かれ、もう駄目だ。すべてが虚しくなった。全員で死のう。生きる意味がない。寝ている間に死ぬのが一番楽だろう」

「文春」によれば、猿之助さんが病院で処方してもらっていた睡眠導入剤が数多くたまっており、それを服用して意識を失った両親の顔に猿之助さんがビニール袋を被せたということだが、なぜそこまでするのかと首を傾げたくなる。

 先週発売の「女性セブン」(小学館)でセクハラ・パワハラ疑惑が報じられた猿之助さんが「もう駄目だ」と絶望したのも、「すべてが虚しくなった」と感じたのも、「生きる意味」を見出せないと思ったのも、よくわかる。だが、冷静に考えると、そうなったのはあくまでも猿之助さん自身であって、両親はどうだったのだろうという疑問を抱かずにはいられない。

 もっとも、家族の誰かが絶望感にさいなまれ、自殺願望を抱いたとき、単独自殺を考えるのではなく、「(家族)全員で死のう」と拡大自殺を考え、一家心中を図ることはときどきある。こういう場合、しばしば次の2つの特徴が認められる。

1)  本人の強い責任感

2)  家族の一体感

 一家の“主(あるじ)”が家族全員を道連れに一家心中を図る場合、実は強い責任感の持ち主であることが少なくない。責任感が強いからこそ、本人が自殺願望を抱いたとき、「家族を残して逝くわけにはいかない」「残された家族が不憫だ」などと考え、妻子を道連れにするわけである。

 猿之助さんは独身で、子どももいなかったが、高齢の両親を支える立場にあったので、一家の“主”といっても過言ではない。しかも、父親の段四郎さんは肝臓がんを患い、ステージ4の要介護状態であり、母親の延子さんが介護する老老介護だったということなので、責任感の強い猿之助さんは「両親を残して逝くわけにはいかない」と思ったのではないか。

 一家心中に走りやすい家族には、強い一体感が認められることも少なくない。一体感が強いからこそ、誰かが自殺願望を抱いたとき、「全員で死のう」という思考回路に陥りやすいのだが、猿之助さん一家もそうだったように見える。

 とくに、母親は猿之助さんを溺愛し、“息子ひとすじ”だったということなので(「週刊新潮」6月1日号/新潮社)、大名跡を襲名した息子の活躍が誇らしかっただろうし、生きる支えだったに違いない。ところが、スキャンダルが報じられ、澤瀉屋(おもだかや)のトップの座を失うのではないかと喪失不安にさいなまれたことは容易に想像がつく。その結果、両親も一緒に「全員で死のう」となったのではないか。

 本人の責任感や家族の一体感が強いことは、通常は美徳とみなされる。しかし、この美徳が一家心中に向かう過程で重要な役割を果たすこともある。それを忘れてはならない。

猿之助さんの完璧主義は諸刃の剣

 最後に、今回の悲劇を招いた一因に猿之助さんの完璧主義もあることを指摘しておきたい。猿之助さんが完璧主義者だったことは、関係者の証言からわかるが、とくに、2012年6月、四代目猿之助の襲名披露の席上、「私、この歌舞伎のために命を捨てる覚悟でございます」という口上を述べたことに如実に表れている。

 決して口先だけではなく、それこそ命を削る思いで、役者として演じるだけでなく、脚本や演出も手がけていたに違いない。だからこそ、素晴らしい舞台を作り上げることができたのだろうが、その反面、一門の役者やスタッフにも100点満点を要求するあまり、叱責したり、怒鳴ったりすることもあっただろう。それがパワハラと受け止められて、反感を買い、告発につながった可能性も十分考えられる。

 また、完璧主義者は、100点満点を目指して死に物狂いの努力をするものの、自分の思い通りにうまくいかないと落ち込みやすいという負の側面もある。常に100点満点でないと気がすまず、60点や80点では満足できないので、「100点満点でないのならもういい」という思考回路、つまり「0か100か」という「二極化思考」に陥りやすいからだ。

 この「二極化思考」は「白か黒か」で物事を考える傾向にもつながりやすい。猿之助さんは「スーパー歌舞伎II」の成功によって確固たる地位を築き、テレビドラマや映画にも出演して人気役者になったが、スキャンダル報道のせいでケチがつき、「黒になってしまった」と本人が受け止め、「もう駄目だ」と絶望したとも考えられる。

 100点満点を取れないと落ち込み、思い詰めてしまうことは完璧主義者にありがちだ。その結果、「生きる意味がない」と感じ、すべてを投げ出してしまいたくなったのかもしれない。だとすれば、猿之助さんの成功の大きな要因となった完璧主義は諸刃の剣だったわけで、実に皮肉なものである。

(文=片田珠美/精神科医)

片田珠美/精神科医

片田珠美/精神科医

広島県生まれ。精神科医。大阪大学医学部卒業。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。人間・環境学博士(京都大学)。フランス政府給費留学生としてパリ第8大学精神分析学部でラカン派の精神分析を学ぶ。DEA(専門研究課程修了証書)取得。パリ第8大学博士課程中退。京都大学非常勤講師(2003年度~2016年度)。精神科医として臨床に携わり、臨床経験にもとづいて、犯罪心理や心の病の構造を分析。社会問題にも目を向け、社会の根底に潜む構造的な問題を精神分析学的視点から分析。

Twitter:@tamamineko

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