今の釣りブームが“間違っている”根本的な理由…消費者心理と「釣りキッズ」育成の重要性
「釣りブーム」が来ているらしい。3密を避け、野外で楽しめるアウトドアレジャーとして支持されているからだという。主要釣り具メーカーの決算を見てみると、シマノの第114期(2020年1~12月)は釣り具セグメントの売り上げが前年同期比9.7%、営業利益は39.6%(海外含む)。ダイワブランドでおなじみのグローブライドの2021年3月期についても、日本での売上高が前期比11.2%増と、確かに好調のようだ。
さらに、このところ、釣りユーチューバーの間で話題なのが「100均釣り具」の登場。ルアーフィッシング用のメタルジグ(疑似餌)や釣り針などの仕掛け、ウキなどが100円ショップで販売されている。
特に力を入れているのはダイソーだ。釣り竿に小ぶりのスピニングリールがついた簡易釣りセットが1000円で登場し、最近ではリール単体500円~、ルアーロッド1000円、振出し竿700円~なども売り場に並び、SNSでも話題になっていた。専門店に比べれば驚くような安価だが、おもちゃじみたところがあった1000円セットよりはるかにレベルが高い。※税抜き価格
なんといっても、世の中の流行りものに敏感な100円ショップがこれだけ多種多様な釣り具を揃えているということは、一部のマニアだけでなく、かなりのブームになっていると断言していいだろう。
釣り歴二十数年の筆者から見ると、なんともこそばゆい気分になる。
ブームに必要なのは「ファッション」ではなく…
これまでも「釣りブーム」と言われる現象がたびたび起きた。ブームというのは「これまで関心がなかった層が急に参加し始める」状態で、釣りに関しては「若者、特に若い女性」がやりだすと、その珍しさにメディアが飛びつき、取材や特集を始めたりする。
一般的に、釣りをたしなむ人のイメージは「釣りバカ日誌」に出てくるような“オジサン”らの常連組だ。汚れるとか魚臭いとか蠢く虫エサとか……そんなマイナス要素を払拭し、スマートな釣り愛好家を増やすべく、業界は腐心してきたのだろう。
1990年代にはルアーを使ったバスフィッシングがブームになり、身軽に釣りに行けてファッションもおしゃれともてはやされた。それから少しのちには、釣りガールなる女性アングラーが登場し、釣り船はトイレ完備だから女性も安心です、というフレーズもよく聞いたものだ。
今のブームにしても、アウトドア志向やレジャーキャンプの延長にあると思われ、釣り具メーカーや専門店は「初心者や女性でも簡単に、スマートに楽しめる」ことをアピールしていくのが常だ。
しかし、釣り愛好家の一人として、このアプローチは間違っている気がして仕方がない。いつもいつも「初心者でも簡単」「女性でも抵抗がない」や「魚臭くない」「おしゃれなファッションアイテムも登場」と続くのが、「そうじゃないよなあ」と感じていたのだ。
はっきり言おう。ブームではなく、釣りをレジャーとして定着させたいなら、狙うべきはシュッとしたワカモノでも女性でもなく、子どもだ。「釣りガール」よりも「釣りキッズ」を育成することこそ、業界発展のために必要なのだ。
子どものうちに習慣をつけることがビジネスの種になる
その理由は、「最初に見たものを親だと思うヒヨコ効果」に基づく。人は、子どもの頃に習慣となった行動に大人になっても左右されることが多い。プロ野球のファンクラブでキッズ会員にやたらサービスがよかった(今はコロナのためそうともいえない)のは、スタジアムに足を運んで観戦するという体験を子どもの頃に刷り込めば、大人になっても変わらず通ってくれると期待するからだ。
人生最初のPCとしてMacを使った人は、たぶん継続してMacユーザーになるだろうし、iPadでMac製品を使い始めた人もしかりだ。まだ真っ白な頃に習慣づけられたものは、たとえ一度離れたとしても、再度始めるときに抵抗は薄い。
コロナ禍で釣りブーム以外に注目されているもう一つの現象にも、似たような理由がある。バイクの販売が好調で、おまけに中古車(旧車)市場が活況だというのだ。密を避け、公共交通機関を使わないで移動できる点が注目されているとの理由もあるが、その中心にいるのが「リターンライダー」と呼ばれる、若い頃にバイクに乗っていた「昔やんちゃしてた」世代。今、このブームを牽引しているのは50代だという。年代的にお金と時間の余裕ができ、かつての思い出のあるバイクに再び乗りたいと「リターン」してきているわけだ。
このブームと連動するように、当時の人気車種の取引価格が高騰していると聞く。コロナで行動制限を余儀なくされ、加えて旅行や外食が減ったため使える小遣いができた人々が、子どもや若い頃に好きだった趣味に再びお金を使う――のだとしたら、狙うのは「これから始めます」という層ではない。将来の消費を生む種まきこそ、その業界を息長く支えてくれるのではないだろうか。
時すでに遅し。もはや絶滅危惧種の業界も?
話を「釣り」に戻そう。
ブームを呼ぶには若者や女性の参加が大事、それには「手軽さ」「快適性」「ファッション性」、さらに今なら「SNS映え」がマスト要素になる。しかし、長く釣り人口をキープするには、「映える釣りインスタグラマー」より、子どもの頃から日常的に釣りに親しむ体験や習慣こそがキモではないか。大事にするべきは、若者やカップルよりもファミリー層だと思う。
実際に堤防釣りの現場に行ってみれば、日よけ用の簡易テントや折り畳みチェアを携えた親子連れがサビキ釣りを楽しんでいる光景をよく見かける。数こそ釣れなくても、親と一緒に潮風に吹かれて釣り竿を握る子どもたちは、それだけで楽しそうだ。きっと、年月を経ても「釣りって楽しかったな」という記憶の刷り込みができるだろう。たとえ魚臭くても、エサがにょろにょろ動いても、子どもはあまり気にしない。たぶん、大人になってからも耐性がついている。
先の100均釣り具も、本格的に道具を揃えて――というこだわり層ではなく、手軽なレジャーとしてお金をかけずにやってみたいというファミリー層にピッタリではないか。家族で訪れるショッピングモールやホームセンターなどに、安価で手に取りやすい釣りアイテムを常備してもらうほうが、釣り業界の未来に貢献するのではないか。
私たち消費者は、“昔からこうだった”“前からこれ使っている”という習慣に、知らないままに誘導されているものだ。初めて契約したときのままスマホのキャリアを乗り替えていないという人も少なくないが、それは最初の習慣をそのまま引きずるからであり、だからこそ各キャリアは「学割」サービスで学生を囲い込もうとしたり、家族割引に力を入れるのだ。
逆に言えば、子どもの頃に習慣をつけないと、どんどん縮小してしまう業種もあるだろう。筆者はかつて出版社に勤務していたため、もし子どもから「紙の本を読む」習慣がなくなれば、いつか本は消えてしまうのでは、と危惧してしまう。今や新聞を取らない家が増えているというが、そういう家に育った子どもは、大人になっても新聞を取るという選択はたぶんしない。記事の中身をどんなに吟味しようとも、魅力的な連載を載せようとも、その根本習慣が変わらない限り、新聞の部数がV字回復することはないだろう。
息長くビジネスを続けようと思うなら、インフルエンサーよりも子どもを囲い込む。それがひとつの正解だろう。ただし、芽吹くまで気の長い時間は必要になるけれども。
(文=松崎のり子/消費経済ジャーナリスト)
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