ついでに言ってみただけなのかと思ったら、どうも本気だったらしい。
消費増税対策の「キャッシュレス決済するとポイント還元」という話だ。いつ引っ込めるか、あきらめるのかと思ったら、なかなかしぶとい。カード会社からも小売業からも中小の業者からも「無理でしょう……」という声があがっても、出したカードは引っ込めない。それどころか、最初は2%と言っていたのが、安倍晋三首相は突如5%にまで数字を引き上げた。着地点がどこになるのか、誰にもわからない。
そもそも、一口に「キャッシュレス」と言っても、日本での決済手段は多岐にわたっている。目に見える手段で言えば、クレジットカード、デビットカード、プリペイドカード、交通系電子マネー、流通系電子マネー、スマートフォン決済アプリ(この中もいろいろと異なる)など。
政府などの資料によく出てくる支払い時点別の分類では、前払い(事前チャージ系)、即時払い(デビット系)、後払い(クレジットや、それに紐づいた決済アプリや携帯料金合算払いなど)……細かく言えばまだまだあるし、今後も増えていくだろう。そのすべてに対応なんてできるのか? と思うわけだ(どれがどこまでポイント還元の対象になるのかは、まだはっきりしない)。
かわいそうなのはカード会社で、やれ手数料を下げろと言われるわ、システム改修は必要だわの踏んだり蹴ったり。カード会社以外にも、キャッシュレス決済対応のコストをどこかで回収しなくては、と考えている業種は多いだろう。早々に疲弊するところが出てこないといいが、と心配する。
政府が無理矢理進めたい理由については、思うところを『安倍政権の「キャッシュレス決済比率4割」政策への違和感…消費者が享受する「メリット」』として書いた。「キャッシュレスっていいよね」との合唱が多いなか、あまのじゃく的考察だったせいか、その後コメントを求められることが増えた。なるほど、「本当にいいことなのか?」と内心疑っている人が多かった証だろう。
せっかくなので、まじめに「キャッシュレスになるといいこと」を考えてみようと思う。事業者にとってではなく、我々消費者にとって、どんなメリットがあるというのか。世の中に言われていることとはちょっと違う視点で探してみたい。
「ポイント還元」にはもう飽き飽き?
そもそも、政府が言っている以上に私たちは日々キャッシュレス生活を送っている。電車に乗るとき、ビジネスパーソンで磁気きっぷを買っている人はまずいないだろう。9割方が交通系電子マネーのお世話になっているはずだ。全国規模で見ると導入が進んでいない地域もあるが、東京から出張で大阪に行った場合も関西の私鉄や地下鉄をSuicaやPASMOで乗ることができる。さらに、自販機やコンビニエンスストアでの買い物なども、これら交通系電子マネーで支払っている人が多いだろう。
また、ほとんどの人が毎月の携帯電話料金をカード払いにしているはずだ。ネットで買い物をするときも、決済はカードという人が大半だろう。
無論、生活のすべてをキャッシュレスで、という人は少ないかもしれない。でも、「日本は先進国のなかでも超キャッシュレス後進国!」とまで卑下しなくてもいいのにと思う程度には、生活に根差していると思うのだが。
つまり、我々も必要で便利とあらば使うのだ。では、よく言われるキャッシュレスのメリットを挙げてみよう。
1.お財布がすっきりする
2.会計が早く済む
3.何に(どこで)使ったかの購入データが残る
4.割引が受けられたり、ポイントやマイルが貯まったりする
さらには、現金を引き出さないのでATM手数料がかからない、事前チャージのプリペイド型にすれば使いすぎを防げるなど、ほかにもあるだろう。損得で言えば、政府がインセンティブに挙げている「ポイントでバックされる」という点は現金にはできない芸当だ。
しかし、この「ポイント還元」には、ひとつ、いや2つ、大きな問題がある。ひとつ目は、すでに私たちはポイントに飽き飽きしているという点だ。財布はポイントカードだらけだし、その貯めたポイントをうまく使い切るのは案外手間がかかる。期限があるポイントも多いため、せっかく還元されても気づくと失効していた……というのでは悲しい。
2つ目は、ひとつ目とも関連するが、ポイントは使った金額に応じて付与されるという原則だ。使える余力が大きいお金持ちにはたっぷり還元され、子どもの教育費やマイホームの頭金のために消費より貯蓄を優先しようと考える子育て世代には恩恵が薄いとなれば、首をかしげざるを得ない。
つましく暮らしている人にはわずかな還元しかないし、そもそも一定数貯まらないと、そのままでは使えないポイントもある。なので、今以上に割引やポイントで釣ることはあまり効果がないのでは、と思っている。
それよりも、キャッシュレス化を進めるには、それによって生活を劇的に変えるメリットを生み出すことが必要ではないか。筆者が期待するキーワードは「時短」と「俯瞰」、この2つだ。
スマホ決済が広がれば「時短」につながる
1日にこなすべきことが多い私たちにとって、「時短」は欠かせない。日ごろ、受付時間が決まっている手続きや支払いが隙間時間に自宅でできれば、非常に助かるだろう。
支払いという作業は、現在多くのスマホ決済アプリで簡単に終えることができる。コンビニ払いの用紙が送られてくる支払いは、スマホのカメラでバーコードを読み取ることで、どこでも支払えるようになった(むろん対応していない支払いもある)。
Yahoo!公式アプリ、LINE、そして三菱UFJやみずほ、ゆうちょや地銀、ネット銀行の口座から引き落としができる「PayB」などの決済アプリを使えば、自宅のテーブルの上でも支払いができるのだ。払える料金の種類は今後、さらに増えるだろう。
一方でキャッシュレス化が難しいと考えられるのは、町内会費や子ども関連などのソーシャルな集金だ。振り込みで対応できる場合もあるが、それこそ銀行に行く暇がないと言われてしまえば、それまでだ。従来のように現金で集めるとなれば、いちいち集金する手間や受け取った現金の管理など、負担も大きい。
今後、割り勘アプリなどがさらに改良され、ソーシャルグループ間で好きな時にお金を送り合うことが当たり前になれば、負担も軽くなり、払ったほうにも履歴が残る。時短以上のメリットが生まれるだろう。
生活を「俯瞰」できる管理ツールとしての可能性
「家計簿アプリを使い始めたらお金が貯められるようになった」という声をよく聞く。それ自体もメリットだろうが、キャッシュレス決済情報がアプリに集約されることで、別の利用法も考えられる。自分の使ったお金情報を俯瞰できるようになるからだ。
自分がどこでお金を使いがちなのか、コンビニなのか外食なのか、ネットなのか、それがわかってくる。さらには、日々のちょこちょこ買いが多いタイプか、週末にドカンと買い派なのか、ネットショッピングのセール買いは欠かせないのか、自分の消費行動や弱点も見えてくるだろう。無駄遣いの原因がわかれば、節約に役立つ。また、自分が年間いくら使ったかという長期データが割り出せれば、年収に対して貯蓄できるはずの金額も割り出しやすい。老後の生活にどれくらいの金額が必要なのかも判断しやすくなるだろう。
今後技術が進み、すべての商品に電子タグがつけられるとしよう。キャッシュレス決済時にレジでそれを読み取るようになれば、そのデータがスマホアプリに蓄積されて「自分が所有する物リスト」を自動作成してくれるかもしれない。そのリストを見れば、食品の無駄買いも減るだろうし、在庫管理にも役立つ。キャッシュレス決済データの活用でお金と物の管理が容易になれば、私たちの暮らしはどれだけスムーズになるだろうか。
「手持ちのお金を増やすにはどうすればいい?」と聞かれ、「それは簡単だ。お札を両替すればすぐに増えるさ」なんて笑い話がある。ポイント還元なんて細かい話ではなく、生活自体が劇的に楽になるという未来図が描けるなら、きっと誰もがキャッシュレスにシフトするだろう。それこそが、消費者目線の決済イノベーションではないだろうか。
(文=松崎のり子/消費経済ジャーナリスト
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