都心のタワーマンションやオフィスビルの価値がなくなる日…働き方改革→通勤不要の衝撃
最近は国をあげて「働き方改革」が提唱されている。人口の減少と国民の年齢構成の高齢化は働き手の不足を招く。それでも現行の経済を維持していくためには、一人当たりの労働生産性を向上していかなければならない。一方で長時間労働の蔓延は労働者の健康を蝕み、生産性を減じることにつながるのでこれを縮小、排除していかなければならない。また同一労働同一賃金の原則のもと、非正規雇用の処遇を改善することが必要だ。
一見すると働き手が減るのだから、日本人はもっと働かなければならないと思うのが自然なのだが、どうやらこの働き方改革は労働時間を減らして、非正規雇用の処遇を改善し、さらに労働者の生産性をあげていこうという、ずいぶんと「虫の良い」目標を掲げているともいえる。
こうした国を挙げての動きは、人々の住宅選びにどのような影響を与えるようになるのだろうか。実は「働き方法案」の内容そのものを云々するよりも、すでに人々の働き方が大きく変わりつつあることに、まだ多くの政策担当者やデベロッパーが気づいていない。そして働き方が変わるということは今後の人々の住宅選びにとって、かなり大きな影響を与えるのではないかと思われる。
最近の大企業の働き方がすでに従来とは変わってきている姿は、随所で窺い知ることができる。自分自身は大学を卒業してから銀行を皮切りに、ボストンコンサルティンググループを経て三井不動産という大手デベロッパーに勤めてきたが、この間の働き方は正直相当に激しいものだった。外資系コンサルティングファームでは、社員は個人事業主みたいなものだった。給料は年俸制で、制度上では休暇も出社時間もかなり自由に与えられていたが、実際はまったく休みが取れなかったし、深夜、休日に働くことは当たり前だった。
30代終わりから40代前半にかけて三井不動産では、オフィスビルの取得や開発、証券化の仕事を担当した。この時の働き方もめちゃくちゃだった。ほぼ毎晩深夜まで仕事が続き、週末の朝には上司に電話でたたき起こされ、出社を命じられた。今ならとんでもないパワハラだ。あまりに毎晩深夜残業が続くため、深夜に会社の前に並ぶ個人タクシーの運転手は、ほぼ全員が自分の自宅の場所を知っていたくらいだ。
「オフィス」がいらない
ところが最近は三井不動産のみならず多くの大企業の働き方が変わった。フリーアドレス制が採用されて自分の固有の机がなくなり、勤務時間も必ずしも9時から17時まで働く必要がなくなった。テレワークといって会社にはやって来ずに自宅や自宅近く、あるいは取引先の近くのサテライトオフィスで仕事をする人が増えた。
コワーキング施設も大はやりだ。コワーキング施設は、その施設の会員がオフィスを自由に使えるというもので、中で会議や打ち合わせをしたり、一人で仕事をすることも可能だし、チームで一緒に目標達成まで会社から離れて仕事をすることも可能だ。会員企業の社員が自由に出入りするので、いわゆるサテライトオフィスとは異なるものだ。
また、こうした施設は、当初はスタートアップ企業のためのシェアオフィスのようなものと考えられていたが、この認識は改めたほうがよい。日本に上陸した米国のWeWorkや三井不動産が展開するWORKSTYLINGの会員の多くは大企業というのが実態だ。
企業側にとってオフィス経費は重たい固定費だ。社員が増えるほどに毎日使いもしない会議室スペースを持ったり、ほとんどの時間外出している社員のために机と椅子を用意するのははっきりいって経費の無駄だった。これをコワーキング施設で働いてもらうことで、今までの固定費が変動費に振り替わることになる。また同じ施設内で他社の社員とも交わることができるので、新たな発想やイノベーションのヒントが得られたりする期待も高まる。企業にとっては結構良いことづくしなのだ。
知り合いのある大手製造業の若手社員は、一週間のうち会社に出社するのは1、2日程度、しかも9時から17時まで会社の机にずっと座ることはないという。彼は自宅近くのコワーキング施設で働き、夕方は子供を保育園に迎えに行き、そのまま自宅に帰ることも多いそうだが、業務に支障が出たことはないという。ちなみに彼のカバンの中身を一度みせてもらったことがあるが、中にはパソコンや情報端末機器がぎっしり詰め込まれていた。
「これさえあれば、どこででも仕事はできますよ」
彼にとっての会社は単なる所属体であり、何もそこに出かけていく必要のある場所ではないということだった。最近は平日の昼間にスターバックスやタリーズに行くと、広いデスクでパソコンを叩く社員が多いことに気づく。コワーキング施設の会員にならずとも、世の中では自由な場所と時間を使って仕事をする勤労者が確実に増えていることを実感する。
また、別の知り合いの経営する会社は、ソフトウェアの会社で社員は30名ほどのベンチャー企業だが、なんと社屋がないのだそうだ。本社としては一応社長の自宅が登記されているのだが、社員は日本全国の都道府県に散らばり、情報端末だけを使って仕事をしているという。社長も実は社員全員とは面談したことがないというから驚きである。業種柄ということはあるのだろうが、実は確固たる組織やオフィスを持たずとも、情報端末だけで世の中はスムーズに仕事ができるようになってきているのだ。
さらにその会社がユニークなのは、ちゃんと会社で飲み会も行うのだそうだ。全国に散らばる社員がどうやってと思うのだが、飲み会もすべてネット上でやるのだという。各人が好きな場所、たとえば自宅のダイニングで、好きなお酒とつまみを前にして皆で「カンパーイ!」とやるのだ。もうここまでくると自分もついていけるか不安になるが、結構盛り上がるのだとか。時代はどんどん進歩しているのである。
しなやかに「住む街」を選ぶ時代に
さて、こうした世界がもっと進化していくと不動産、とりわけ人々の住宅選びにはどんな変化が訪れるのだろうか。仮説として「通勤」がなくなるということだ。
多くの会社が本社機能のみを残して、ほとんどの社員が自宅近くのコワーキング施設に徒歩や自転車で行って好きな時間に仕事をする。月に一回程度都心の本社に出てきて打合せや顔合わせをする。副業も自由なので、ネット上などで会社とはまったく異なる人と付き合い、別の収入を得る。こんなワーキングスタイルになれば、住宅選びはどうなるだろうか。
「住みたい街ランキング」がまた大きく変動するのではないか。最近は夫婦共働きを前提に会社への通勤利便性で住宅を選ぶ傾向が顕著だが、通勤そのものがなくなれば、家選びにおける会社までの「交通利便性」という要素が、まったく意味をなさなくなるからだ。一日の大半を自宅や自宅近くのコワーキング施設で過ごす。移動は徒歩や自転車でする。夫婦とも同じ街で働き、会社は異なれど同じコワーキング施設で働くことができるようになる。通勤時間はほとんどなくなり、夫婦、家族が街で過ごす時間が増えるようになるのだ。
このようになった瞬間、住宅選びは「住む」だけでなく、「働く」「遊ぶ」「憩う」など、すべての要素が詰まった街を選ぶ動きに替わる可能性があるのではないだろうか。そうなると人々にとっての住宅は求められる機能が大きく変わることになる。そして、あらゆる角度からの住宅選び、街選びを行う必要が生じてくる。実はこういった時代が、最近の通信技術の進歩やAIなどの発達で意外に早くやってきそうなのである。そして、これは今まで馬鹿みたいにお高い住宅を一生の収入の2割から3割ものお金をつぎ込んで所有しようとしてきた人々の行動様式、ライフスタイルを大きく変えることになりそうである。
通勤がなくなってしまえば、鉄道経営には大きな打撃となろう。都心部に大量の超大型オフィスを提供し続けているデベロッパー各社は、阿鼻叫喚の世界になるかもしれない。都心タワーマンションに誰も見向きもせずに、地方居住を選択する人も出てきそうだ。
海の近い家に住み、朝はサーフィンしてから自宅近くのコワーキングで働き、夕方には海辺をジョギングするなんていう「サラリーマン」が普通になるかもしれないのだ。
これからの働き世代はもっと自由に、しなやかに「街」を選んでいく、そんな時代を迎えようとしているのだ。
(文=牧野知弘/オラガ総研代表取締役)