3月7日に大阪市で行われた『さよなら原発 関西アクション』での樋口英明氏(68)の講演はおもしろかった。2014年5月に大飯原発を差し止めたときの福井地裁裁判長。15年には高浜原発も差し止めの仮処分決定をした。講演内容を少し再現しよう。
「裁判所は皆さんが思っているよりずっと健全な組織なんです」(どっと笑い)と切り出した。大飯原発について「判決の内容を知ってるのは4人だけ、裁判官3人と書記官1人。所長も最高裁長官も知らず、圧力のかけようもない。当日、被告の関西電力はひとりも来ません。負けるとわかっていたから。秘密を洩らしたのではありません。私はあらかじめ原発が危険なら止める、そうでなければ止めないとはっきりさせた。被告はそれなら勝てないと思ったのです」と淡々と語った。
「皆さんは、危険だから止めるのは当たり前と思うでしょう。しかし裁判所ではそうなっていないのです」。図を示して原発の仕組みを説明し、「福島第一原発は決して大事な所がやられたわけではない。停電、断水だけで壊滅的なことになる。それが原発の怖いところです」と強調する。
「福島第一原発は最悪の事故ではありませんでした」とし、2つの奇跡が東日本壊滅から救ったと説明した。まず2号機。
「ウラン燃料が溶け落ち格納容器は水蒸気と水素でパンパンになった。設計基準の倍くらいの圧力になった。爆発寸前。電気が来ず圧力を抜く自動ベントもできず、手動もバルブに行きつくまでに人が死んでしまう。吉田昌郎所長(故人)は死を覚悟し、自分は死に東日本は壊滅と思った。でも今、東京に人が住んでいる。なぜか」
「プスンと圧力が抜けたんです。下のほうが開いていた。死の灰を封じ込める格納容器は丈夫ではなくてはいけない。それが・・・丈夫じゃなかったんですよ」(笑い)
そして定期点検中だった4号機。使用済み燃料が水を張った貯蔵プールに入れてあった。
「3月11日、停電で水が減ってきた。燃料が頭を出し溶け落ちたらおしまい。菅直人首相に聞かれた原子力委員会の近藤駿介委員長は『東京含めた250キロの避難が必要』と答えた。ところが隣のシュラウドとプールの仕切りがずれた。なぜかわからない。本来ずれてはいけないが、ずれて、シュラウドの水が燃料プールに入って助かったが、水は減る。高さ30メートルに水を入れなくてはならない。その時、ちょうどいい水蒸気爆発が起きたのです。建屋の天井に穴が開いて上から放水できた。爆発が大規模ならプールの壁を壊し破局でした。偶然でした。また、あってはいけないのですが、3月7日に抜くはずのシュラウドの水が工事の遅れで抜いていなかった」
これが4号機の奇跡。奇跡が重なり避難者は15万人に収まった。
「2号機、4号機のどちらかに奇跡が起きなくても避難者は4000万人で東日本は壊滅した。これが本当の被害の規模です」
原発はパーフェクトに危険
「被害の大きさと発生確率は反比例」すると樋口氏は言い、「では原発の事故発生率は本当に低いのか?」と提起する。
「原発は停電と断水で駄目。これをもたらすのは地震。揺れの強さを示す加速度の単位がガル。震度は7までだから規制委員会もガルで決める。しかし日本は阪神・淡路大震災を機に2000年以降しか地震観測網はない。806ガルが大阪北部地震。熊本が1760、北海道胆振が1796。最高は4000ガル超。20年しか測っていないのに1000ガル以上は18回ある。ところが原発は三井ホーム並みの耐震設計で、大飯は405ガル。私が判決を出した時は700ガル。今は800。老朽化するにつれ耐震性が上がる。不思議。怪しいでしょ」(笑い)。
「大地震、巨大地震が直撃したら終わり。直撃でなくても危ないのに、原発は住宅会社の耐震性。震度6など多く起きる。原発は被害が大きく事故発生率も高い。パーフェクトに危険なものです。こんな物は世の中にひとつもない。これが止められない裁判はおかしい」
そして推進派の弁解を紹介する。
「推進派は、原発は地下の揺れで設計するが、気象庁の震度は地表の揺れ。地下は揺れが小さいとする。ころっと騙されるが、調べればほとんど変わらないか地下のほうが大きいことも。中越沖地震では地下が大きい。推進派は原発の敷地に限っては震度6や7は来ませんとする。6は約1500ガル。そんなこと信用できますか?」
樋口氏の言葉ではないそうだが、地震は三重苦という。
「観察できない。実験できない。資料がないです。要は科学の基礎がない。長年の科学のデータもある気象学でも、『雨が絶対降りません』とは言わない。科学の基礎がある医学も『遺伝子が完璧だからこの人は絶対85歳まで生きます』なんて言わない。なのに科学の基礎のない地震学が強振動予想をやっている。原発容認派は科学性が乏しいのではない、非科学的なのです」
地震はプレートの境目で起きる。日本は世界唯一、4枚のプレートの上に載っており、世界の地震の10分の1が日本で起きる。1000ガル以上はいくらもある。耐震設計が700ガルの原発を維持するのは極めて非科学的だ。
原発の裁判は誰でもわかる
では、裁判官はなぜわからないのか。
「圧力ではなく、知らないのです。ほとんどの裁判官は700ガルが震度6か7か知らない。700ガル以上が何回起きたかも」とし、原因を弁護士が教えないからとする。
「弁護士は私の話は簡単すぎるとし、もっと難しい話をしないといけないと思い込んでいる」
樋口氏は「原発の裁判は誰でもわかる簡単なことなのです」と断言する。電力会社は司法関係者を必要のない専門的土俵に引きずり上げ、メディアもそれに乗ってきた。樋口氏はそれらが無意味なことだと喝破する。
昨年12月の大阪地裁の大飯原発設置許可取り消しの判決については「当たり前。活断層の長さからマグニチュードを決めますが、関電は平均値のマグニチュードで原発をつくっていた。皆さん、幼稚園児のブランコをつくるとき、園児の平均体重でつくりますか?」とわかりやすい。
樋口氏は講演をこう締めた。
「原子力基本法をつくった中曽根(康弘)さんや原発をつくった田中角栄さんよりも、皆さんのほうが責任は重い。中曽根さんや田中さんは、死の灰はそのうちなんとかなると思っていたが、40年たってもどうにもならない。被害が250キロにも及ぶことも。見当違いな耐震性でつくられていることもわかった。わかっている皆さんがどう動くかですよ」