体調不良やケガなどで病院にかかると処方される薬。あの薬がどのようにあなたに処方されるのか考えたことがあるだろうか?
「医師が自分の症状を診察して、合うと判断したから」
「自分の病気に対してよく使われる薬だから」
多くの人はこう考えるのではないか。
しかし、現在日本に存在する薬の数は約1万8000種類にも及ぶ。当然、同じ病気・同じ症状に向けた薬が重複することになる。あなたの症状に合う薬がかならずしも一種類ではないなかで、医師はどのようにあなたに処方する薬を決めているのだろうか?
■薬のプロモーションは「高級弁当」がカギ
現役医師・谷本哲也氏の『知ってはいけない薬のカラクリ』(小学館刊)は、処方薬にまつわるこの疑問に対して鋭く切り込んでいく。
処方薬の場合、薬を開発する製薬会社が一般消費者に広告を打つことは禁止されているため、製薬会社は直接薬の名前を出さず、その薬が使われる病気について「疾患啓発」という形で認知や理解を促すコマーシャルを行っている。
ただし、先述のように患者に出す処方薬を決めるのは医師だ。だから、製薬会社は医師に向けた販促活動を展開することになる。
その一つが医師をはじめとした医療従事者を集めて行われる、自社の薬についての説明会や、勉強会、講演会である。説明会の場合は医師らが昼食や夕食をとる時間を狙って病院で行われ、製薬会社のMR(医薬情報担当者)が30分程度で薬についての説明を行うのが基本的なパターンだという。講演会は、高級ホテルなどを利用し、大学教授や大病院の院長が登壇して講演を行う。ここでも単なる病気の解説だけではなく、その病気に使われる薬についても紹介されるわけだ。
説明会にしても講演会にしても、集まった医師らには「食事」がふるまわれる。説明会ならば「高級弁当」、ホテルでの講演会ならば「立食パーティー」といった具合である。これが、説明や講演の内容と同じくらい重要なのだ。
製薬会社からしたら、自社の薬の名前をおぼえてもらい、同じような薬を売っている他社を押しのけられるなら、一人前3000円ほどの弁当の出費など小さな出費というわけだ。こうした手法にはさまざまな批判があり、露骨な宣伝は年々少なくなっているそうだが、製薬会社から医療従事者への食事の提供は、今でも日本だけでなく世界的に行われているという。
■製薬会社から食事提供を受けた医者は薬の処方が変わる?
ただ、医師ともあろうものが、たかだか弁当を出してもらった程度で本当に「なびく」のだろうか、という疑問は残る。
しかし、これが案外なびいてしまうようなのだ。
アメリカの例だが、同国には、製薬会社から医師への食事代を含む支払いを集計した「オープン・ペイメンツ・データ」というものがある。このデータを利用して、一人ひとりの医者に対して「食事提供をうけているかどうか」「受けているならどれくらいの値段と回数なのか」といった細かいデータを集める調査が行われた。
同時に処方薬の給付保険の記録から「それらの医者がどの薬をどれくらい処方したのか」というデータを取り出し、照合することで、無料の食事を提供されたことのある医者とそうでない医者で、処方内容に違いがあるのかを比較することが可能になった。
結果から言えば、日本円で2000円程度のものであっても、食事提供を受けていると、宣伝された薬の処方率が増加し、その回数や額が増えるほど処方率も増加していたという。この調査をまとめた論文は2016年に医学専門誌に掲載され、大きな話題を呼んだ。
もちろん、すべての医師が食事提供を受けるわけではないし、食事提供を受けたからといって処方を変える医師ばかりではない。ただ、医師といえども人間であり、何かをもらったら何かを返して報いたくなる「返報性」の心理は働くのだということは覚えておいて損はないだろう。
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私たちの命に時に深くかかわる薬は、莫大なお金が動き、それだけに様々な人々の思いが交錯する。
それはここで取り上げた薬の販促活動だけでなく、薬価の決まり方や、薬の処方の仕方についても同じことが言える。本書ではこうした普段知ることのない医療と薬の裏話が満載。普段何も考えずに医者にかかっている「思考停止」の人ほど、目からウロコが落ちるはずだ。
(新刊JP編集部)
※本記事は、「新刊JP」より提供されたものです。