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映画『無頼』公開記念インタビュー

井筒和幸監督が問題作『無頼』の舞台裏と映画人生を語った!「抗った後どう生きるか。それが生涯のテーマ」

取材・文=長野辰次
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井筒和幸監督
8年ぶりとなる新作『無頼』を撮り上げた井筒和幸監督。

 日本の戦後史をアウトローの視点から描いた異色の大作映画『無頼』が劇場公開された。『パッチギ!』(05)や『ヒーローショー』(10)などで知られる井筒和幸監督の最新作だ。無頼の徒である主人公(EXILE・松本利夫)は裏社会を生き抜き、やがて時代の変遷と共に、金融界、政界、宗教界と関わっていくことになる。上映時間146分になる大作に仕上げた井筒監督が、『無頼』の制作過程と自身の映画史を振り返った。

――8年ぶりの新作『無頼』がようやく公開されますが、前作『黄金を抱いて翔べ』(12)もメガバンク本店に眠る金塊を盗み出そうとする男たちを描いた犯罪映画で面白かったです。

井筒 虚無主義者たち、言ってみればアナーキストたちの物語だったわけだ。原作は高村薫さんの伝説の小説で、高村さんも映画化に大賛成してくれた。朝鮮から来たスパイや公安も出てきて、まとめるのは大変だったけど。時代を撃つ、そんな映画を撮ったつもりだよ。『ガキ帝国』(81)から僕が一貫して撮ってきたのは、社会からあぶれてしまった寄るべなき者たち。要は「お前らは、この社会からは無用だ」と烙印を押された人たちです。それは僕自身も無用者だと感じていたし、国家や体制に貢献する人間にはなりたくなかったからなんだよ。

――そんな井筒監督が、選んだのが映画業界だった。

井筒 高校を卒業してからは、実は一生遊んで暮らせる方法はないかなぁとずっと考えてたのよ(笑)。遊んで暮らす、というのが僕のテーマだった。なんで人間は社会に身体と時間を切り売りしなければならないのか。体制や権力に抗うのはいいけど、抗った後をどう生きるか、だったね。一生、抗い続けることはできないから。それで考えたのが、物書きだった。万年筆が一本あればいいわけだから、とりあえず万年筆だけ買った(笑)。まぁ、今でいえばエッセイや評論みたいなものを書いて食べていければいいな、と考えたんです。

――「明るい悩み相談室」で人気を博した中島らもさんみたいな?

井筒 まあ、そうか。らもと僕は同い年(1952年生まれ)です。でも、彼は真面目だった。ちゃんと広告代理店に就職して、プロのコピーライターとして最初は働いていたわけだからね。僕は会社に就職する気はなかった。といっても、物書きで食べていくのも容易じゃない。自分で「物書きです」と名乗っても、すぐ書けるわけもなく、ミニコミ誌で書かせてもらうくらいでした。

――そこで、ピンク映画『行く行くマイトガイ 性春の悶々』(75)で監督デビューすることに。

井筒 原稿用紙に書くなんてまどろっこしいことよりも、フィルムに撮って、映画にしたほうが力があるかと。カメラとフィルムを使った高価な遊びです。それが今でもずっと続いてるわけだ。

映画『無頼』のワンシーン
映画『無頼』より。井藤正治(松本利夫)は裏社会でのし上がっていく。

いつの時代も、社会からはみ出す人たちは必ずいる

――新作『無頼』は、アウトローの視点から戦後の昭和史を描いた大河ドラマ。

井筒 『無頼』で描きたかったのは「欲望の昭和史」「欲望の資本主義」です。「アウトローの真髄とは?」とか、そういうことはどーでもええんです。

――社会がシステム化されればされるほど、そこからはみ出してしまう人間がどうしようもなく出てしまう。『無頼』を観ていると、そんなことを感じさせます。

井筒 いくら高度経済社会が進んでも、本当の豊かな社会にはなれないということだよ。必ず差別される人、はみ出してしまう人たちが出てくる。部落差別とか在日差別とかを、中学くらいからずっと見てきた。そこから『岸和田少年愚連隊』(96)や『パッチギ!』(04)が生まれた。『無頼』はその集大成でもあるわけよ。

――井筒作品の集大成『無頼』に主演したのが、EXILEの松本利夫というのは意外です。

井筒 そのへんの適当なイケメンを起用する気にはなれなかった。松本くんはイケメンじゃないでしょ(笑)。素は真面目な好青年ですよ。青年ちゃうな、好中年か。心の解放を求めて、ずっとダンスしてきたそうだからね。髪はパンチパーマにしようかなとも思ったけど、田舎くさくなるなと思ってパンチは止めました(笑)。

――ヒロインは柳ゆり菜。『純平、考え直せ』(18)に続いて、ヤクザに惚れてしまう堅気の女性役。

井筒 彼女はいいねぇ! もっと、クローズアップされていいんじゃない? 顔も体型も昭和っぽい感じがして、昭和を見つめ直す作品にはぴったりだ。彼女はオーディション。書類も含めたら、3000人くらいオーディションしたよ。顔は大事。今どきの平成顔はあかん。しみじみしてないんだよ、平成顔は。もっと風雪に耐えた顔じゃないと。「カワイイ」とか、何ぬかしとんるんやと。木下ほうか、ラサール石井、升毅くんらは違うけど、3000人のオーディションの中から絞った400人くらいに出てもらってるよ。

――『黄金を抱いて翔べ』から『無頼』まで、8年。それだけ準備に時間がかかった?

井筒 実は沖縄の戦後史を描いた作品を考えていて、その取材にかなり時間を費やした。沖縄のヤクザの視点から描けば、これまでの日本の戦後史とは違うものが見えるかなと。これは『仁義なき戦い』(73)の脚本家・笠原和夫さんも考えて、映画にはならなかったけど脚本(『沖縄進撃作戦』)は残していた。沖縄に行って、沖縄の元マル暴の刑事さんから話を聞いたりもしていたんだけど、製作には至らなかった。それで、一からまたやくざ社会の資料を読み直したり、ヤクザ史をよく知るジャーナリストたちから話を聞いたりして、『無頼』に行きついたんですわ。

映画『無頼』のワンシーン
井藤の妻・佳奈を演じたのは柳ゆり菜。オーディションで選ばれた。

井筒監督がいちばん好きな女優

――主人公たちは他の暴力団との抗争中にもかかわらず、若尾文子主演作『赤い天使』(66)などの映画談義に花を咲かせる。他にも『ゴッドファーザー』(72)や『仁義なき戦い 代理戦争』(73)なども話題に。『無頼』はアウトロー視点の昭和史であると同時に、昭和の映画史も振り返っている。

井筒 自分が観てきた映画の歴史でもあるわけです。趣味で入れています(笑)。僕がね、日本の女優でいちばん好きな女優は若尾文子さん。最高の女優です。二がなくて、三もなくて、その次くらいが沢尻エリカだな。『赤い天使』はテーマがいいんだ。日中戦争時代の最前線で働く従軍看護婦が主人公なんだけど、エロくてドキドキするよ。

――若尾文子扮する看護婦と一夜を共にした兵士や軍医たちは、戦場で次々と散っていくことに。

井筒 そうそう。おそろしい話だよ。増村(保造)監督、よく日中戦争が題材で、あんな映画が撮れたなぁと感心しますよ。テレビじゃ放送してないんじゃないか。僕は『赤い天使』を何度も観ました。そんな僕が大好きな映画を、抗争中にもかかわらず主人公の組員たちはリバイバル上映中の映画館へ観にいく。なんて牧歌的な時代だったんだろう。

――劇中劇として深作欣二監督作『北陸代理戦争』(77)の名シーンも再現しています。

井筒 『北陸代理戦争』も大好きです。それまでの任侠映画はきれいごとばっかりで面白いとは思えなかったけど、生きた人間の本音丸出しで描いた「仁義なき戦い」シリーズも本当に面白かった。任侠モノは全共闘世代にうけたけど、少し下の僕らは、『仁義なき戦い』や『北陸代理戦争』を観て、笑いころげたよ。『北陸代理戦争』のオマージュシーンを入れたのは、深作欣二監督、脚本家の高田宏治さん、松方弘樹さん、西村晃さん、野川由美子さんらへの感謝の気持ちです。あのシーンは、僕じゃなくて助監督たちに撮らせたんだけどね。僕の青春をね、熱くしてくれた人たちへのオマージュのつもりですわ。

――こうしてお話を聞いていると、井筒監督なりの『仁義なき戦い』、もしくは『ゴッドファーザー』を撮りたかったんだなということが感じられます。

井筒 『ゴッドファーザー』や『仁義なき戦い』など70年代のニューシネマが、青春時代の僕の背中を押してくれたわけですよ。僕の物づくりの原動力となったんです。『ゴッドファーザー』はその骨頂だよ。『ゴッドファーザー』を初めて観たとき、それまで観てたアメリカ映画とは、同じ映画とは思えなかった。これが映画なのかと。僕には人生哲学書のように思えたんだよ。『ゴッドファーザー』が登場して、ハリウッドも大きく変わったでしょ。日本も高度成長期が終わり、新しい時代の節目だった。そこに新しい波が来た。びっくり、びっくりの連続だ。当時のコッポラ監督が、インタビューで素敵なことを語ってたんだよね。「これは米国の資本主義を描いたんだ」と。僕はその言葉にすごく納得した。いつか、自分もこんな映画を撮ってみたいと思ったね。

映画『無頼』のワンシーン
井藤(松本利夫)の出所シーンは、現場にいたキャスト全員が自然と涙ぐんだそうだ。

サバイバルの時代だった90年代

――裏社会でのし上がった『無頼』の主人公たちも、金融にも関わるようになる。主人公は「そこの家の便所がきれいなら、貸していい」とか言って、経済ヤクザとして稼業に励んでいく。

井筒 お金を貸すことが、資本主義でしょ。貸したお金が、ただ回っているだけのこと。銀行の元締めである日本銀行なんて、ヤクザの親分みたいなもんです(笑)。実際にお金がなくても、どんどん刷って外に出す。それが万年筆マネー。暴対法が施行され、ヤクザたちは生き残っていくために金融や株や不動産のヤクザになっていった。今回も、銀行についてもいろいろ調べました。政治家も新興宗教団体も、み~んなお金、カネで動いてるわけですよ。

――ここで井筒監督自身の昭和・平成史も振り返ってもらえればと思います。

井筒 面白かったなぁ、昭和は。お金がなくても。バブルが弾けて、平成になり、さぁどうやって何を撮っていくかと思案するのが90年代。第二の人生をどうやって歩んでいくかを考える中で、新しい映画の時代を迎え、『パッチギ!』や『黄金を抱いて翔べ』などを撮ることができた。

――ディレクターズカンパニーで制作した時代劇大作『東方見聞録』(93年ビデオ発売)は劇場未公開となり、大変だったのではないでしょうか。

井筒 あれは悲惨だった……。

――撮影現場で出演者が亡くなり、井筒監督は個人で賠償金を払い続けた。

井筒 ディレクターズカンパニーが潰れてしまったから、個人で支払うしかなかった。弁護士さんにも相談したけど、「誠意を示すしかないでしょ」と言われて自分が払うことにしたんです。誰かが払わないといけなかった。そうじゃないと、残された遺族は堪らないでしょう。

――ネット上では遺族への補償金3000万円以上、と出ています。

井筒 3000万円は保険会社から支払われた金額。それじゃとても足りないから、残りは僕が払い続けました。『黄金を抱いて翔べ』を撮る前年の2011年に完済しました。だから、それからはまた、自分が撮りたいと思うものを撮ろうと思った。僕くらいじゃないのかな、自分の好きなものだけ撮り続けてきたのは。

――角川映画『みゆき』(83)も撮りたい作品だった?

井筒 あれは、「メジャーなら何でも撮って名を売ってやろう」と思った初期の作品だからね。それでも、批評家から叩かれたよ。「井筒は、角川映画に魂を売った」とか書かれた。「裏切られた」という評論家もいた。いつ約束したんだよと(笑)。まぁ、自分が思ってもないことを書かれると、面白いよ。『フラガール』(06)も、最初は僕が撮ることになっていたんだよ。いろいろ調べたんだけど、炭鉱の歴史はきれいごとだけでは描けないから、あれはイチ抜けさせてもらいました。やっぱり、自分が撮りたいと思ったものじゃないと撮れないよ。

井筒和幸監督
『ガキ帝国』から、一貫して社会からのあぶれ者を撮り続ける井筒監督。

ブレイクした人間はおかしくなる

――中島らもさんは2004年に52歳で亡くなりましたが、井筒監督にはこれからも撮り続けてほしい。

井筒 らもは酔っ払って、階段から落ちて亡くなったなんだっけ? まぁ、らもらしいな。自由人らしく死んだんじゃないかな。僕もそうだけど、やっぱり自由人でいたいな。自由に生きたい。今、派遣社員とかで働いている人たちも、もう一回、人生哲学してみたらどうだろうか。会社に体と時間を売っているわけでしょ? 悪いことをしろとは言わないよ。でも、自分で何か新しくできることはないか、もう一度考えてみてもいいと思うんだよ。

――既成の社会に頼らずに生きてみろ、というテーマが『無頼』には感じられます。

井筒 何かに頼らずに生きていく方法はないのか、それを探るのが人生なのかなと思うんです。学校を卒業してから、僕はそのことをずっ~と考え続けてきたんです。ブレイクなんか、せんでええんです。ブレイクなんてしたら、人間おかしなことやってしまうでしょ。物づくりをして、自分が見えていれば、友また遠方より来たる、それでいいんですよ。

(取材・文=長野辰次 撮影=名鹿祥史)

映画『無頼
新宿K’s cinema、池袋シネマ・ロサ 他、全国順次ロードショー中

監督/井筒和幸 
脚本/佐野宣志、都築直飛、井筒和幸
主題歌/泉谷しげる「春夏秋冬~無頼バージョン」
出演/松本利夫(EXILE)、柳ゆり菜、中村達也、ラサール石井、小木茂光、升毅、木下ほうか
配給/チッチオフィルム
配給協力/ラビットハウス
2020年/日本/146分/カラー作品/ビスタサイズ/5.1ch/R15+
(c)2020「無頼」製作委員会/チッチオフィルム

映画『無頼』公式サイト  www.buraimovie.jp
映画『無頼』公式twitter @buraimovie2020
YouTube井筒和幸の監督チャンネル

●井筒和幸(いづつ・かずゆき)
1952年奈良県生まれ。1975年に自主映画『行く行くマイトガイ 性春の悶々』でデビュー後、一般映画『ガキ帝国』(81)で注目を集める。以後、つかこうへい原作の『二代目はクリスチャン』(85)、『犬死せしもの』(86)などの意欲作を発表。ディレクターズカンパニーで制作した『東方見聞録』は劇場未公開となったが、ナインティナイン主演作『岸和田少年愚連隊』(96)は高く評価され、『のど自慢』(99)、『パッチギ!』(2004)などをヒットさせた。その後も、実在の殺人事件を題材にした『ヒーローショー』(2010)や『黄金を抱いて翔べ』(2012)と話題作を撮り続けている。

長野辰次/フリーライター

長野辰次/フリーライター

フリーライター。著書に『バックステージヒーローズ』『パンドラ映画館 美女と楽園』など。共著に『世界のカルト監督列伝』『仰天カルト・ムービー100 PART2』ほか。

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