公開24日間で興行収入が204億円を突破した映画『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』。その興行収入が発表された11月9日時点で、国内の歴代興行収入ランキングではトップ5入りを果たしており、まだまだ記録を伸ばす勢いである。
劇場版がこれだけ社会現象化する大ヒットを飛ばしていれば、この映画で原作者・吾峠呼世晴氏の懐に入ってくる収入もさぞかし高額だろう――と考える方もいるだろうが、漫画を実写化した際、原作者はどれくらい収入を得られるのだろうか。
『鬼滅の刃』と同じく「週刊少年ジャンプ」で連載の中で、映画化した『銀魂』の原作者・空知英秋氏は、同作単行本の質問コーナーで映画『劇場版 銀魂』がヒットしていることに読者から触れられると、次のように回答している。
「生々しい話をしますと、映画というのはどれだけ観客が入ろうと どれだけ興収をあげようと 作家の懐には何も入ってきません 最初に原作使用料というものが支払われるのみです 全体の興収からいえばハナクソみたいな額ですね」
これは空知英秋氏なりのブラックジョークという見方ができるため、『銀魂』ファンもそこまで深刻に受け止めてはいないだろうし、そもそも真偽のほどは不明である。そこで今回は漫画原作の映画化の仕組みに詳しい、映画ライターの杉本穂高氏に解説してもらった。
興行収入200億円突破でも原作使用料は数百万円?
「原作者・吾峠呼世晴先生が、映画化の“原作使用料”として受け取る額は、興行収入200億円以上という数字から考えれば、“雀の涙程度”と表現しても差し支えない額でしょう。原作使用料は、映画制作会社が出版社に支払いますが、その上限は日本文藝家協会の『著作物使用料規定』によって1000万円と定められています。相場は200万円から400万円ほどと言われており、そのうちの何割かが、出版社から原作者に支払われる、という流れが漫画原作映画の一般的なカネまわりの仕組みになっています。
そして、メガヒットを打ち出したとはいえ、原作者・吾峠呼世晴先生は本作が初連載作。出版社にとっては、まだまだ新人作家です。また、『鬼滅の刃』映画化のオファーが出たのが昨年のアニメ放送中の時期だったそうで、『鬼滅の刃』自体がアニメ化によって爆発的ヒット作へと変わりましたから、作家と出版社の契約内容によりますが、そういった状況を鑑みると原作使用料自体もそこまで高額だったとは考えにくいです。つまり、今回の映画がどんなにすごい大記録を打ち立てても、原作使用料自体は、映画公開前に額が決まっているものなので、吾峠呼世晴先生が受け取る原作使用料は数百万円だと思います」(杉本氏)
仮に吾峠呼世晴氏が受け取る額が200万円だとしたら、興行収入の1万分の1以下ということになるわけだ。
では、たとえば興行収入の数%を出版社が受け取るといった、興行収入に応じた歩合制報酬という形式で映画製作会社と契約し、原作者のもとにより多くの収入が入るようにはできないのだろうか。
「そのような契約を結ぶのは、不可能ではないでしょう。というのも、出版社自体は映画の興行収入に応じて収入を得ている場合もあるからです」(杉本氏)
契約次第で原作者も歩合制報酬をもらえるということか。では順を追って、話の前提となる映画製作の内情を教えていただこう。
「まず、当然ですが映画をつくるには莫大な資金が必要です。よって、今日ではさまざまな会社が制作費を出資しあって、製作委員会というものを設けているのが一般的。上映して得られた利益は、その出資の比率に応じて製作委員会を構成する各社に分配される、という仕組みです。
そして、最近では出版社も製作委員会に参加しているケースが多いんです。その場合、出版社自体が映画の売り上げに応じて利益を得られるため、出版社と原作者の間で“映画の利益に応じて歩合制で支払う”という契約を結ぶことは不可能ではありません。ただし、そういった契約はできれば結びたくないというのが出版社の本音でしょう。出版社はなるべく多くの分配金をもらいたいでしょうからね」(杉本氏)
なるほど。では『劇場版「鬼滅の刃」』は制作委員会を設けていて、そこに出版元の集英社は加わっているのだろうか。
「集英社も加わっています。エンドクレジットの製作委員会に記載されている会社は、集英社とアニプレックスとアニメを制作したufotableの3社。ちなみにこれはメジャー映画の製作委員会としては、参加社数が非常に少ない例です。一般的な製作委員会はテレビ局や映画会社、さらにはJRのような鉄道会社やLINEのようなIT企業が参加することもあり、10社ほどが名を連ねるような作品も珍しくありません。これだけの大ヒット作品の利益を3社で分配できるので、3社ともかなり儲かることになるでしょう」(杉本氏)
それでも漫画の映画化があくどい商売ではない理由
それでは、製作委員会に名を連ねた映画制作会社や出版社だけが儲けを独占しているのかというと、必ずしもそういうわけではないらしい。
「映画化によって原作使用料が生じるのとはまた別に、DVD・ブルーレイなどの二次使用料は、売上に応じた歩合制報酬が原作者に支払われるのが通例です。その原作者に支払われるDVD・ブルーレイの二次使用料の比率は、ソフト本体価格の1.75%×出荷枚数が一般的な相場。最近は少なくなりましたが、レンタルの場合は3.35%が原作者の取り分です。
つまり、本作の原作使用料が数百万円だったとしても、これだけ映画が大ヒットしていればDVD・ブルーレイも売れるでしょうし、そうなれば原作者のもとにも多額の報酬が入ることが予想できます。また、世間的認知度が上がって原作漫画の重版がかかり印税収入が増えることが作者にとっては一番の恩恵です。ですから出版社はそういったメリットを原作者に説明することで、映画化の説得を図っているのでしょう」(杉本氏)
興行収入が約250億円だった『君の名は。』のブルーレイ・DVDは、発売初週だけで60万枚以上売れていた。仮に『鬼滅の刃』のブルーレイ・DVDが4000円で100万枚出荷され、1.75%を吾峠呼世晴氏が受け取るとすると、その額は7000万円。まずまずの額を受け取れることになる。
しかしブルーレイ・DVDの収入を踏まえても、映画の興行収入がこれだけ伸びても原作者の懐に入る額がやはり少なすぎると感じ、映画製作会社などがあくどい商法をしていると断じるファンもいることだろう。
「それには少し思い込みと誤解も含まれているかもしれません。最初に支払われる原作使用料の額が取りざたされたことは過去にもありましたが、それは原作者が受け取る全額ではなく、一部にすぎません。ブルーレイ・DVDの他、テレビ放送、ネット配信によっても原作者に支払いが発生しますし、グッズの収益配分もあります。重要なのは、総合的に原作者にいくらお金が入ってくるかでしょう。また、映画は巨額の製作費が必要なうえに失敗するリスクも大きいビジネスです。たとえば、仮に映画が全く売れず赤字だったとしても、原作使用料は支払われますし、二次使用料の利益も分配されるという点では、原作者にとって悪い話ではないはずです。
原作者と出版社と制作会社は、前述した通り基本的にはwin-winの関係にあります。アニメや映画の製作会社などが叩かれがちですが、契約の仕組みやお金の流れを把握していない方が、そういった悪いイメージを膨らませてしまっているのかなと感じます。
それでも、悪印象が拭い切れないというファンの方は、映画館に行った際にはグッズを買うなどするといいかもしれません。グッズの収益は原作者が歩合で受け取れるケースが大半ですからね。原作者からしてみれば、ファンが『映画化しても原作者にはあまりお金が入らないんでしょう』としらけてしまうことは、本望ではないと思いますので、あまり穿った見方はせず、好意的に捉えてほしいものです」(杉本氏)
ファンたちが「どんなに映画が大ヒットしても原作者にはほとんどお金は入らないらしい」といった噂話を耳にして、原作者が割を食っているのではと心配する気持ちはわからなくもない。しかし、実際はビジネスとして良好なバランスを保っているとも言えるようだ。不要な心配はせずに、純粋に映画を楽しんでいただければ幸いだ。
(文=A4studio)