目玉の北方領土問題では対話は平行線のまま、23日にモスクワで行われた日露首脳会談は具体的な成果のないままに終わった感がある。安倍首相とロシア・プーチン大統領の会談は今回で通算25回目。会うには会うが譲歩はしない難攻不落のプーチン氏が改めて印象づけられることになった。
ところで、日本との間で領土問題を抱えるロシアだが、ビジネスの分野ではひそかな親日国でもある。ロシア国内で日本製品の評価は極めて高く、モスクワの高級スーパーでは日本製のシャンプーや洗剤、オムツなどの日用品が、品質が高いことの証明のように日本語のロゴのまま並んでいる。
また、『ビジネスマン・プーチン 見方を変えるロシア入門』(東洋書店新社刊)の著者で国際協力銀行の行員としてモスクワに駐在経験がある加藤学氏によると、日本人や日本のビジネスマンに対するロシア人の信頼は総じて高いという。
■「経済制裁」とは具体的に何を指すのか
ならば日本企業はもっと積極的にロシアでビジネスを展開してもいいのではないかと思われるが、ロシアに進出する日本企業は今も昔も決して多くない。有望な市場であり、魅力的な投資先なのは間違いないが、さまざまなリスクもあるからだ。
たとえば、2014年3月以降ロシアが現在欧米から受けている「経済制裁」はロシアの国内外での経済活動にブレーキをかけうる点でリスクの一つだろう。一方で「経済制裁」は意味があいまいな言葉でもある。一体何が制限され、ロシアにどのような影響を与えるものなのだろうか。
加藤氏によると、現在ロシアに科されている経済制裁は
・エネルギー分野
・金融分野
・渡航禁止・資産凍結の対象となる個人・法人
の3つ。
エネルギー分野で言えば、大深海(約150m以深)、北極海(米国制裁)、北極圏(EU制裁)、シェール層における石油探鉱・生産に必要な技術・物資・サービスの輸出禁止が主だが、石油採掘過程では天然ガスも産出されるため、実質的には石油と天然ガスの両方がターゲットとなることもある。
金融分野では、米国、EUともに、ロシアの複数の国営銀行に対して長期の新規与信を禁ずる措置が取られている。これは端的にいえば、ロシアの国営銀行へのドル建・ユーロ建の融資ができないようにしているということだ。
渡航禁止・資産凍結の対象となる個人・法人への制裁は、SDNリストと呼ばれる米国財務省外国資産管理室のリストに載った個人、企業、団体への在米資産凍結、米国への渡航禁止、米国法人との取引禁止などの措置を指す。これはプーチン氏を取り巻くロシアの有力者らの切り崩しを狙った策である。彼らが関わっているビジネスやプロジェクトへの融資が困難になるため、外国企業はロシアでのビジネスに慎重にならざるを得ない。
■欧米の経済制裁がロシア経済に与えた「本当の影響」
ロシアの資源獲得を阻害し、ロシアに外資が集まらないように仕向け、大きなビジネスをやりにくくするという経済制裁だが、効果のほどはどうか。
加藤氏によると、石油開発を基幹産業とするロシアだけにエネルギー分野での制裁のインパクトは中長期的な影響も含めると小さくはないそう。
一方で、金融面の制裁の影響はいささか限定的だ。エネルギー面での制裁は、あくまで石油探鉱に関する技術や物資の輸出禁止であり、ロシア産石油の禁輸ではない。そのため、ロシア国営銀行への融資を制限したとしても、石油輸出の決済がドル建で行われる限り代金としてロシア国営銀行の口座に米ドルが入ってくることになるからである。また、ユーロ建取引については融資禁止措置に抜け穴があり、あまり影響は出ていないという。
SDNリストに載った人物への制裁は、掲載人物が次第に増え厳しいものになりつつあるが、今のところ決定的な影響が出ているとは言い難い。
総じていえば、欧米の制裁が発動した後のロシア経済は良くはないにしろ決定的に悪化もしていないのが実情。また、経済制裁は制裁を科す側の経済活動を制限することとも表裏一体であるため、自国の損失も覚悟しなければいけない「諸刃の剣」だということも知っておくべきだろう。
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ここではロシアに科されている経済制裁について触れたが、この制裁はロシア経済のすべてに影響を及ぼすものではなく、あくまで限られた分野に対して課されている。日本企業が得意とする自動車や自動車部品、建設機械、工作機械、石油化学プラント、タイヤ、医療機器、都市開発、生活環境、再生可能エネルギー、生活資材、衣服といった分野には制裁は及んでいないため、前述のSDNリストに入っている個人や団体を把握していればロシアでのビジネスは可能になる。
欧米が発信するロシアの情報にはネガティブなものが多く、そうした情報から「ロシア=危険な国」という先入観を持ってしまう人は多いが、やみくもに恐れているだけでは貴重なビジネスチャンスを失うことになる。
ロシアの本当の姿についてつづられた本書は、この地でビジネスを成功させるための示唆を与えてくれるはずだ。
(新刊JP編集部)
※本記事は、「新刊JP」より提供されたものです。