北京五輪のスノーボード男子ハーフパイプ決勝で、平野歩夢選手が悲願の金メダルを手にした。その原動力になったのは怒りのようだ。2回目の試技で、超大技の「トリプルコーク1440(斜め軸に縦3回転、横4回転)」を組み込んだ構成を五輪で初めて成功させたにもかかわらず、得点が91・75で2位だった。そのため、「2回目の得点には納得いかなかった。その怒りをうまく最後に表現できた」という。結果的に、3回目の試技で96・00の高得点を獲得し、大逆転したのだから、実にあっぱれだ。
たしかに、ド素人の私から見ても、2回目の試技は素晴らしく、あれで2位というのは納得できなかった。本人はなおさらそうだったはずで、平野選手自身も試合後「おかしいなと思って、イライラしてて」と振り返っている。
もっとも、納得がいかずイライラすれば、精神的に動揺して、3回目の試技に悪影響が出ても不思議ではない。にもかかわらず、「この怒りが切れないなかの3本目。それはいい意味で、いつも以上に、怒りとともに集中できていた」というのだから、本当にメンタルが強いのだろう。
怒りは大きな原動力になる
同様に怒りを原動力にした成功者として思い起こされるのは、青色発光ダイオード(LED)の開発で2014年のノーベル物理学賞を受賞した中村修二氏である。中村氏は記者会見で、研究の原動力について「アンガー(怒り)だ。今もときどき怒り、それがやる気になっている」と述べた。さらに、「怒りがなければ、今日の私はなかった」とも冗談交じりに話している。
この「怒りがなければ、今日の私はなかった」というのは、私自身も感じていることだ。自分自身を成功者と称するのはおこがましいが、ちょっとした成功体験ならある。その原動力になったのは怒りにほかならない。
かなり前の話だが、あるバラエティー番組の収録に参加した際に目にした女性歌手の言動を新聞の連載で取り上げたところ、記事がネット上にアップされた途端、テレビ局や制作会社の方から何度も電話がかかってきて、削除要請を受けた。
その番組はすでに放映されていたので、なぜ削除しなければならないのか見当がつかなかったのだが、「収録中に見聞きしたことを口外しない」という一文のある誓約書にサインしているからというのが、その理由だった。たしかに、収録前に「サインしてください」と差し出された1枚の紙に署名捺印した覚えがあったので、「内容も確認せずに署名捺印した私がうかつだったんだから」と自分に言い聞かせて、渋々削除した。
ただ、そのときに感じた敗北感は半端ではなかった。その女性歌手の言動が理不尽だと感じたからこそ、告発したい気持ちもあって、「ペンは剣よりも強し」という思いをこめて書いたのに、削除する羽目になったのだから。
私は怒りまくった。「見返してやる!」と叫んで、一心不乱に原稿を書いた。そうして書き上げたのが『他人を攻撃せずにはいられない人』(PHP新書)で、ベストセラーになった。そのおかげで、メディアからのコメント依頼をいただく機会も増えた。
この経験から実感したのは、怒りはものすごいエネルギーになるということだ。ただ、怒りのエネルギーを生産的な方向に向け変えるためには、やはり怒りが自分の心のなかにあることを受け入れなければならない。
怒りをきちんと自覚すべき
怒りはいやな感情なので、そんな感情を自分が抱いているなんて、認めたくないかもしれない。その気持ちはよくわかるが、それでは、前に進めない。平野選手も中村氏も、自分自身の怒りをきちんと自覚したからこそ、成功できたのだと私は思う。
この2人が与えてくれる教訓は、まず怒りを自分自身が感じていることを認めなければならないということだ。当然、やり返したいという復讐願望も生まれるだろう。それこそ大きなエネルギーになりうるので、私と同じように「見返してやる!」と叫びながら、できるだけの努力をしていただきたい。
もっとも、復讐願望が芽生えたからといって、納得できないことの原因を作った相手に害を与えようなどと考えてはいけない。そうではなく、「幸福こそ最大の復讐」というスペインのことわざを思い出して、自分自身が成功して幸福になるために、一歩でも前進するしかない。
そのためには、もちろん努力も必要だ。平野選手は次のように話している。
「自分の場合はこの技(トリプルコーク1440)をずっとやっぱりここ来る前からそれをひたすら練習してきた。本当に一日、50本、60本かなり練習をやってきたことが3本ともメークできたのかな。練習のおかげなのかなと思います」
努力が報われないこともあるかもしれない。しかし、努力しない限り、報われることは決してない。とくに、自分が納得できないと感じた理不尽なことに対して怒り、復讐願望を抱いた場合、日頃積み重ねてきた努力がものをいうのである。
(文=片田珠美/精神科医)
参考文献
片田珠美『怒れない人は損をする!――人生を好転させる上手な怒りの伝え方』新潮社、 2015年