超穴場スポット。(「ウィキペディア」より)
彼の名は富田一彦。25年以上にわたり、大手予備校・代々木ゼミナール英語講師として教壇に立ち続け、長年「東大英語」クラスを受け持っている。90分間の授業では、時に雑談も交えながら、ものすごいスピードでしゃべり、そして黒板に書き続けるスタイルは、代ゼミの授業の中で圧倒的な人気を誇っている。
「浪人生の多い授業初日、『君たちは東大落ちたんでしょ?』を連発し、生徒が泣きだす」
「授業中多数繰り出される、生徒への”毒舌”」
「放送コードギリギリの雑談」
「1年間の授業の最終日には、感極まって泣きだす生徒も出る」
など、受験業界では、彼の授業に関する”伝説”には枚挙にいとまがない。生徒からの支持の高さは、合否を決めるともいわれる夏期講習で、富田氏の授業が募集後すぐに締め切りになることからもうかがえる。
そんな富田氏が4月に出した本、『試験勉強という名の知的冒険』(大和書房)が、特にビジネスパーソンの間で売れているという。好評により、7月には姉妹本『キミは何のために勉強するのか』(同)も発売される予定だ。
これまで富田氏が執筆した著作は、すべて受験参考書だが、今回の著作は、テーマを「大学受験」だけでなく、「試験勉強」「ビジネス」一般に設定している。
「なぜ、あえて一般読者をターゲットとする本を出したのか?」
「試験勉強が、ビジネスにどのように生かせるのか?」
「東大とビジネスの関係とは何か?」
について、富田氏に聞いた。
――これまで受験参考書を書いてきた富田さんが、ビジネスマンにも向けた本を書こうと思ったきっかけは何ですか?
富田一彦氏(以下、富田) 私の仕事は、英語の試験で学生の正解率が上がるようにすることです。そのために何をすればよいかを、いつも考えています。長年、大学の入学試験問題を見ていると、一定の傾向があることがわかります。問題を解くには、問題から「手がかり」を見つけることと、「雑音」を排除することが必要だということです。こうした大学受験についての考えをかたちにしてみたいと思い、まとめてみました。受験生に役立つのか、問題をつくる人に役立つのかわかりませんが……。その内容を出版社の編集者に見せたら、面白がってくれました。そこで、「どうせならきちんとした本にしませんか?」ということになりました。
――受験勉強は、ビジネスにどのように役立つとお考えですか?
富田 勉強は、ある体系を短時間でつかまえて、その体系のルールに従ってどう動けば成果が上がるかを探るものといえます。新聞に載っていた話ですが、パイロットになるのに、以前は理系学部卒や自衛隊出身者などが多かったのですが、現在は文系出身者が多いのだそうです。早稲田の政経や慶應の経済の卒業生などですね。パイロットの仕事は物理学に則った体系的なものですが、訓練して短期間にシステムの概要をつかまえることができる人、それに沿って要領よく動ける人が向いているということです。
――「スペシャリスト」である必要はないということでしょうか?
富田 企業の人の話を聞いても、「スペシャリストはいらない」と言います。自分がこれまで経験したことのない部署に放り込まれたとき、そこの「ルール・文法」を要領よくつかまえて、その中でうまく動ける人が成功する。よく、「ジェネラリストがよい」といわれるのは、広く浅く物事を知っているということではなく、ある体系の吸収能力が高いということです。しかし、受験勉強について、こうした認識を持って学んでいる人は少ない。ビジネスに必要なのは「発想力」「発見力」で、それを身につけるには、ある体系、文法を的確にとらえて、その中で短時間に要領よく動けることが必要です。その際、一番大切なのは観察力で、「非常識」になることが大切です。つまり、ストライクゾーンを広くして、見逃しを少なくすることです。
カギは柔軟な軌道修正と方針立て
――「東大に受かる人」と「落ちる人」のそれぞれに、共通点はあるのでしょうか?
富田 試験は、前にどこかで聞いたことをそのまま吐き出すことと思っている人が多いのですが、それでは発展性がありません。試験で以前解いたことがあるものと同じ問題が出ればよいが、そうではありません。覚えたことが体系化されていないと、経験を増やすしかなく、どこかで行き詰まります。決して、物覚えが良い子が東大に受かるわけではありません。思うに、勉強の方向性には2つあります。ひとつは繰り返すことで、これは「慣れ」になります。もうひとつはルールを組み合わせ、合理的な「発見」を行うことです。大学受験の勉強は、この2つがごちゃ混ぜとなっています。
――東大は、どのような学生を求めているのでしょうか?
富田 東大が求めているのは、「発見」ができる学生であり、慣れてもらっては困るわけです。慣れると不感症になる。研究者は常識を覆す人で、慣れで物事を考える人はダメです。例えば、私は1年間の授業初日で、「君たちが私のやり方に合わせるのだよ」と言います。東大に落ちる子の傾向として、例えば「やり方が違うよ」と指摘すると、それだけで落ち込んで立ち直れなくなったり、「僕はこのやり方でやってきました」と固執する。融通が利かない。受かる子は、柔軟に軌道修正ができます。それから東大に受かる生徒には、受験勉強についての悲壮感がないですね。小学校・中学校からずっと勉強している子というのは意外に受からない。逆に受かったある子は、高校3年の6月までは受験のことなど何も考えていませんでした。6月に入り、急に思い立って勉強を始めるというタイプのほうが受かります。
――そうしたタイプの子には、どういう特徴があるのでしょうか?
富田 こうした子のすごいのは、方針の立て方ですね。合格するには何が必要か逆算して、最低限、何が必要かをつかむ。受験対策では、全部隅々まではできないわけですから。普段は「ぐだぐだ」していても、集中力と瞬発力が優れています。一番ダメなのは、融通が利かないタイプです。
東大は「詰め込み学生」は要らない
――富田さんのお子さんも東大生だとお伺いしていますが、直接受験勉強の指導はされたのでしょうか?
富田 高校3年生の時に、友達数人と一緒に英語はみてやりました。でもそれは彼らが「やりたい」と言ったからで、私のほうから「東大へ行け」とか「東大がいいよ」と言ったことは一度もありません。ただ、彼も私が東大卒であることは多分意識していて、彼にとって身近にいるある意味で一番のライバルは親父ですから、なんとか東大に入りたかったのではないですか。私は浪人しましたから、現役で入りたかったのでは。そうすれば親父に勝てると。
――同じ東大を出ていても、ビジネスに成功する人と成功しない人の違いがあるのはなぜでしょうか?
富田 知識の詰め込み勉強ではなく、発見力とか観察眼が違うのではないでしょうか? モノを売るというのは、自分が仕入れた値段より多くのお金を相手に払わせる行為で、いわば相手に経済的に損をさせることです。つまり「相手が損をしてまで手に入れたいという欲望を抱かせ、手に入れた後、満足させる」という、ある意味幻想を与えるわけです。芝居ともいえますが、芝居を演じるなら最後まで演じないとダメで、途中で自分が白けたり、その世界にほころびが出たりすると成立しません。成功する店というのは、良い意味で騙している。理由は一言でこれだとは言えませんが、はやらない店はだんだんダメになっていく。なだらかな閾値があり、成功する側に入らないと、絶対成功しない。
勉強しない子が欲しい
――企業のトップに、なぜ東大出身者が多いのでしょうか?
富田 私はビジネスのことはあまり詳しくありませんが、ただ、東大の問題の「つくり」を見ていると、知識より、「いかにその場の状況で問題を解くかという能力」を見るものが多い。自分のこれまでの知識に固執していると、解けない問題が少なくありません。このあたりが、ビジネスと共通するのではないでしょうか? 東大の副学長と話したことがありますが、「勉強していない子が欲しい」と言っていました。「勉強しすぎることは迷惑だ」とも。勉強すると、型にはめられてしまう。「できるだけ型にはめられていない人が欲しい」と。常識人はダメですね。
――富田先生が、ご自身で論理的な思考を身につけるために日頃心がけていることはありますか?
富田 学生には「人の話を聞くときは、必ず疑いましょう」と言っています。テレビでも新聞でも本でも雑誌でも。それが自分の中で腑に落ちるか腑に落ちないか確かめるように、と。本を読んで書いてあることで知識を手に入れ、「勉強になりました」という読書は、私には理解できません。「本当かどうか?」と疑わないと。内容について著者と自分との対決があるわけで、「それが自分にとってはどうなのか?」「著者はどういう理論立てでどう組み立ててくるのか?」を見て、「自分の論理はどうなのか?」を考え、そのぶつかり合いを楽しむのが読書だと思います。私自身、浪人生の頃、出会った予備校の先生から、物事を別の角度から見ることを教わりました。
(構成=丸山隆平/経済ジャーナリスト)
●富田一彦(とみた・かずひこ)
1959年東京都生まれ。東京大文学部英語学英米文学専修課程修了。86年より代々木ゼミナール講師。一点のあいまいさも残さぬ精緻な構文分析、論理展開の講義は「富田の英語」として代ゼミにとどまらず全国の受験生から高く支持されており、英語教育界に大きな影響を与えている。著書に『富田の英文読解100の原則』『The Word Book とみ単』(ともに大和書房)、『キミは何のために勉強するのか』(同。7月発売予定)など多数。