なぜ大人は若者に夢を持てと言うのか?便利な夢という言葉で、人生を狂わせないために
「夢よりも目標を持て」
「夢は時に人生を狂わせる」
「仕事をする最大のモチベーションは『怒られないこと』にある。社会人にも小者は大勢いて、仕事とは、日々小者どもが怒られないためにセコいことばかりしている。そんな状況を理解したうえで、どうやって仕事をすべきか?」
など、身も蓋もない話を含め、彼のサラリーマン、フリーランスとしての体験と、それをもとにした処世術が書き綴られている。反感を持つ人もいることだろうが、そういう人はそもそも本書を手に取らないことだろう。
きっとタイトルだけで批判する人もいるだろう。いや、実は、私もこのタイトルはないだろうと思っている。内容に同意し、面白いと思いつつも、『夢、死ね!』というタイトルはさすがに下品だと思ってしまった。別の記事で書いたことだが、実力もないし努力もしない人が夢ばかり語っているのは痛い以外の何者でもないし、本当に人生が狂ってしまうのだが、とはいえ、夢が人を面白い場所に連れて行ってくれるのもまた事実である。
また、夢には種類があるのだ。叶うかどうかわからなくても、人生が楽しくなるという夢だってある。「バカみたいな夢」があるがゆえに、想像をはるかに上回る、非連続的な成長ができることだってある。
まあ、それはいい。ここでは、ちょっと違う問いを立ててみよう。それは
「なぜ大人は若者に夢を持てと言うのか?」
ということだ。学校の入学式や卒業式、会社の入社式や社員総会では、盛んに「夢」が語られる。あるいは、著名人たちのインタビューでも若者に「夢」を持てエールが送られる。夢に関する名言は多数あるし、一定の支持を集めている。これはなぜだろうか?
「夢」という便利な言葉
筆者は4月に『「できる人」という幻想』(NHK出版)という書籍を上梓した。その際に、平成の入社式で大企業の社長がどのような訓示をしたか、そして日本経済新聞がどの訓示を紹介したというものをまとめた。夢を語る訓示は散見される。夢という言葉が入った訓示を抽出してみた。例えば、次のようなものだ。日経新聞に掲載された当時の社長名、社名、訓示の内容は次の通りだ(以下、肩書や社名は当時のもの)。
・日立製作所:庄山悦彦社長(02年)
「機会は平等でも結果は不平等になる厳しい競争の時代になった。未来はやってくるものではなく、自ら作り出すもの。夢を実現する執念と自信をもってほしい」
・高島屋:増倉一郎社長(02年)
「お客に『夢』『興奮』『感動』につながる提案をしていく」
・本田技研工業(ホンダ):吉野浩行社長(03年)
「夢や目標を持ち、志高くチャレンジし続けてほしい」
・キヤノン:内田恒二社長(09年)
「プロフェッショナルとしての意識を持ち、夢の実現に邁進してほしい」
・日本電産:永守重信社長(10年)
「ホラを吹き、夢を語るのが若者の特権だ」「実現に向けて必死の努力を」
個人的な結論を先に言うならば、「なぜ、大人は若者に夢を持てと言うのか?」という問いに対する答えは、「便利な言葉だから」だと考えている。
それはなぜだろうか? いくつかの理由がある。一つは、若者の味方をしておくと得だからだ。若者の味方をしているだけで、新しいモノ好き、優しい人を演じることができる。特にこれはインターネット上では有効だ。先日、「cakes」で中川氏と対談した際も話題になったが、ネット上では地に足のついていないことを言っている人も含め、若い人を応援するのがウケる。夢を追っているふうの人がウケる。
その人の夢と会社の夢をすり替え?
もう一つは、夢という言葉は実に曖昧だからこそ、若者を熱狂的に働かせるのに便利なのである。ブラック企業の社長によくあるパターンではあるが、夢という言葉を連呼することによって、若者の支持を集めるのだが、気づけばその夢は誰の夢なのか、わからない状態になってしまう。企業のビジョンに「夢」という言葉が入っているブラック企業は枚挙に暇がない。いつしか、その人の夢と、会社の夢をすり替えてしまうのである。
「夢を持て」と言われたところで、明確な夢を持てない若者だっている。何かわからない。社長は夢を持っている(風)である。夢を持っている人はすごい、だから社長についていこう、というような妙なすり替えが起こってしまうのである。あるいは、企業は「夢」という言葉を盛り込んだ、ポエムのようなビジョンを掲げている。それが、共感を得てしまうのだろう。
夢は否定しない。私も夢があったから、物書きや大学の先生になることができたし、その先の夢を今も追っている。だが、夢の悪用はごめんだ。
というわけで、若者に夢を持てという大人は、実は若者の人気取りをしているのではないか、若者の夢と会社の夢をすり替えようとしているのではないかと、立ち止まって疑ってみることをお勧めする。夢に踊らされないように、そんな視点も持っておきたい。
(文=常見陽平/評論家、コラムニスト、MC)