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大塚将司「【小説】巨大新聞社の仮面を剥ぐ 呆れた幹部たちの生態<第1部>」第20回

ブラック化する大手新聞社、恐怖政治敷く“引きこもり”不倫社長の下で人材流出…

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「Wikipedia」より
【前回までのあらすじ】
ーー巨大新聞社・大都新聞社は、ネット化を推進したことがあだとなり、紙媒体の発行部数が激減し、部数トップの座から滑り落ちかねない状況に陥った。そこで同社社長の松野弥介は、日頃から何かと世話をしている業界第3位の日亜新聞社社長・村尾倫郎に、以前から合併の話を持ちかけていた。そして基本合意目前の段階にまで来たある日、割烹「美松」で、村尾、両社の取締役編集局長、北川常夫(大都)、小山成雄(日亜)との密談が行われ、松野の後に店を出た村尾は、愛人と同棲する“自宅”へ向かったーー。

 日亜新聞社長の富島鉄哉が引責辞任した時、松野の助言で村尾が後継社長に選ばれたわけだが、「3つのN」と「2つのS」に合致するのは村尾だけではない。富島も松野も同じ穴の狢である。松野の前任社長だった相談役の烏山も含め4人は、ともにジャーナリズム精神とはまったく無縁の人間である。主義主張や理念の欠片もない風見鶏であるが、「ジャーナリズム」という印籠はフルに活用し、私的利益をひたすら追求する点も共通している。

 4人の中でも、松野と村尾の2人はこうした共通項以外にも、似たところがあった。出身大学が関西の同じ名門私立大学法学部とか、県は違っても出身地がともに近畿の田舎で、親父が地方政治家とかいった点だ。それが2人を親密にさせる背景にあった。しかし、ひとりの人間としてみると、2人2様である。松野にしても、村尾にしても、小心者であることに変わりはないが、他人の目にはまったく正反対に映る。

 松野は社交的で、政財界関係者と幅広く付き合い、バーのホステスやタクシーの運転手にも気軽に声を掛け、アバウトそのものに見える。しかし、不倫相手の香也子と密会する時、タクシーに乗って別のところに行けといい、途中で引き返させる、という手の込んだことまでする。「恐妻家」のなせるわざだが、不倫関係が10年も続けばそんな小細工は面倒になるものだ。傍若無人な烏山と違うところで、松野が小心者の証左なのだ。

 同じ小心者でも、村尾は内向的な陰気者で、政財界関係者との付き合いはほとんどなく、日本報道協会の会合にも必要最小限しか出席しない。記者としての能力が中レベル以下で、記者時代に文章が書けなかったことの負い目があるのかもしれないが、社長になってしまえば気にするようなことではないのに、それができない。

 当然、バーやクラブに出入りしてカラオケに興じるようなこともないし、タクシーの運転手と気軽に会話するようなこともない。特に社内で訝しがられているのが社長車をあまり使わないことだ。社長には社長車がつくのが当たり前だが、村尾は社長車を賃貸マンションからの行き帰りには原則として使わない。これは不倫相手の香也子と会う時だけ使わない松野とは好対照だ。

 社長車をあまり使わないのは、社員に対し、経費節減に率先している姿を印象付けるためでは決してない。携帯電話番号を側近以外には教えなかったり、30年近く妻と別居しているにもかかわらず、自宅住所を実際に住んでもいない鵠沼で押し通したりしているのと同じだ。村尾は猜疑心の固まりのような男なのである。

●恐怖政治を敷く“引きこもり”社長

 村尾がタクシーに乗ったのは午後10時前。車内に沈黙が支配したまま、車は走った。

 水天宮通りを左折して新大橋通りに入った車は、小舟町を経由して三越前、常盤橋を通り抜けた。右手に日亜本社ビルや大都本社ビルを望む大手町を過ぎ、内堀通りを竹橋に向かった。運転手は正面を見据え、時折、バックミラーに目をやった。そこには目を瞑って、苦虫を噛み潰したような村尾の顔があった。竹橋を過ぎると、車は千鳥ヶ淵、一番町を経て日テレ通りに向け快調に飛ばした。日テレ通りを左折すると、しばらくして麹町に差し掛かった。車に乗って20分ほど経っていた。

 「もうすぐ新宿通りに出ます。どの辺でお止めします?」
 「上智大学の手前にある郵便局のところで止めてくれ。信号の手前がいい」

 車は麹町の交差点で右折し、新宿通りを400mほど走り、歩道に寄せて止まった。深夜割増メーターは2160円だった。村尾は黙って小銭入れから2500円を取り出した。運転手から釣銭とレシートを受け取ると、そそくさと車を降りた。