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松江哲明の経済ドキュメンタリー・サブカル・ウォッチ!【第20夜】

「全盲では生きてる意味ない」!? 全盲少女に対する“鬼母”の愛情

post_1763.jpgそれぞれのカタチがある。
(「Thinkstock」より)
ーー『カンブリア宮殿』『ガイアの夜明け』(共にテレビ東京)『情熱大陸』(TBS)などの経済ドキュメンタリー番組を日夜ウォッチし続けている映画監督・松江哲明氏が、ドキュメンタリー作家の視点で裏読みレビュー!

今回の番組:3月17日放送『ザ・ノンフィクション特選生きてます16才』(フジテレビ)

『ザ・ノンフィクション』はたまに特選と称して、過去の放送作にほんのちょこっと現在を加え、放送する。そのほとんどが大きなドラマがあるようなものではなく、ささいな「今」だったりするのだが、今回は違った。制作者の粋な仕掛けに感動した。

『生きてます16才』は12年前に放送され「ATP賞総務大臣賞」を受賞した作品だ。わずか500gの未熟児として生まれ、全盲の障害を持つ井上美由紀さん(16)と母、美智代さんとの生活を追っている。画面が旧放送サイズのSD(4:3)なので左右に黒味があり、それがデジタル放送前みたいで懐かしい。

 それに取材や編集のリズムも現在とは微妙に違う。

 母親のインタビューは蝉の音がうるさい公園で行われ、バストサイズの固定ショットのみ。信頼関係が深くなったであろうディレクターに向かって力強い言葉で語る。

 九州の人だからだろうか、言葉がキツイ。遠慮がない。で、とにかく手が出る。

 ペットボトルの注ぎ口に手をつけるだけでパシン、キャメラの前であぐらをかこうものなら「女のくせに何をしてる」とパシン。床掃除をさせる時も「頭をそんなに下げなくていいから」と躾は厳しい。

 視聴者である僕らは「目が見えないのに」とつい思ってしまうが、全盲であっても特別扱いはしないし、それはキャメラの前でも同じなのだ。

 一方、愛情の注ぎ方も全力だ。花火が上がれば娘の顔を支えてその方向に向けるし、「ウインナー、わたあめ、かき氷」と匂いだけで出店を当てればスタッフに向かって「凄いね」と褒める。誰もいない公園で自転車に乗るシーンが美しかった。小学生の頃は、所の子どもたちがいなくなったのを見計らって練習をしていたそうだ。16才の美由紀さんはかなり乗りこなしてるが、かつては何度も転び、血だらけになったそうだ。

「左、左、左」と美智代さんが声をかけるが、見ててもハラハラする。しかし、美由紀さんが「スピード感が楽しいですね」と語ることで、気付かされた。彼女は移動のために自転車に乗っているのではない。風を全身で感じることがうれしいのだ。そのためにできるだけまっすぐな距離を保ち、スピードを上げて風を浴びる。母親の「まっすぐ、まっすぐ」という声を頼りに。「何でもやる気になればできる」そのことを実践させる母親の覚悟と、そこに至るまでの過去を、番組は中盤になって紹介する。

「公園に連れていくと、『かわいい赤ちゃんですね』って言われるでしょ。私も『ありがとうございます』って言うんですけど、(ある時)『あらこの子、顔が変ね』って言われたんですよ。『目がどうかあるばい』とか言われて。で、私が『全盲なんですよ』って言ったら、『えー、目が見えないなら生まれてもかわいそうたい』って。心の中では腹は立ちますけど、話しても一緒だから、子どもを抱っこして家に連れて帰ったこともありますよ」

 このインタビューの合間に、2枚の写真がインサートされる。幼い美由紀さんがベンチに触り、滑り台の前に座る姿を撮ったものだ。そこには点字で穴が打たれている。僕には点字が読めないが、これは撮影された日時が書かれているのだろうか、それとも写真の状況を説明したものだろうか。いずれにしてもこの点字は「美由紀さんのため」に残されているはずだ。さり気ないインサートカットに使われた写真からも、母と娘の関係性が伝わってきた。

「わー凄い」と美智代さんが30代の頃の自分の写真を見て笑った。ディレクターに「(今と)どっちがかわいい?」と聞くが、画面のオフでは「両方かわいいですね」と困ったような返答が聞こえる。そこに映るのは和服を着て、微笑むモデルのような美智代さんの姿。美智代さんは「あんたは見えんけんねぇ、見せたかよ」と言うのだが、美由紀さんは「今は違うだろうが」と見事な返答をする。そういえばこの母娘、感動的なシーンにこちらがジーンとしてると、互いにツッコミを入れ合い、素直に泣かせてくれないのだ。まるで漫才のような掛け合いに何度も笑わせてくれる。

 なぜこんなにも、この母は強いのか。それは、美由紀さんを生む数カ月前に亡くした父親との約束だと言う。

 彼との写真は一切燃やした。

 一枚だけ残った手紙には美しい端正な墨の文字で書かれた「誰にも負けないのは、ただただ美智代に対する愛情だけです」といった言葉が綴られる。周囲にも反対された上での決意だったにも関わらず、最愛の人は交通事故によって即死。だからこそ子どもは育てなければ、という覚悟があったはずだ。美由紀さんの障害を特別視しない強さの秘密を知れた気がする。

 番組は父親と旅行をした場所へ共に向かい、出産をした病院で美由紀さんと同じように生まれた赤ちゃんとの対面を迎える。そして二人はいつものようにケンカを交わし、また日常が始まるのだ。見事な構成だった。

 しかし2013年に放送された今回のバージョンでは、さらなる取材が行われた。

 母娘は九州の同じ家に住み、全く変わらない様子で生活をしている。笑い合いながら生活していたんだな、と思う。でも、ほんの少しだけ変わったことがある。美智代さんは定年退職のため、仕事を引退した。一方で美由紀さんは按摩の資格を取り、九州のテレビ局のマッサージ室で働いている。「夢だったんですよ。母には苦労をかけてきたので。これからは、私が助けていってあげたい」と笑う。

 ここで僕は画面の左右の黒味が消えていることにやっと気づいた。

 12年前にも遊んだ公園が画面いっぱいに映っていた。二人は掛け合いの漫才のように互いをツッコミ、笑い合っている。二人の目標は結婚と出産だそうだ。その夢はきっと叶う、と僕は思う。
(文=松江哲明/映画監督)

BusinessJournal編集部

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