(撮影:Nkns「Wikipedia」より)
日本板硝子は5月16日、2014年3月期の連結最終損益(国際会計基準)が210億円の赤字になりそうだと発表した。赤字は3期連続となる。欧州市場で建築、自動車向けのガラス需要の回復が鈍いのが理由だ。
同日発表した13年3月期の連結決算の売上高は前年同期比6%減の5213億円、営業損益は172億円の赤字(前期は43億円の黒字)、最終損益は328億円の赤字(同28億円の赤字)だった。
売り上げ全体の4割を占める欧州では、景気の悪化に加え厳冬で建築工事が停滞。建築用ガラスの販売が低迷した。価格の落ち込みも大きかった。主力の自動車用ガラスは日本や北米で販売を伸ばしたものの、フランスやイタリアだけでなく国際競争力の高いドイツの自動車大手向けが低迷した。欧州事業の13年3月期の営業損益は42億円の赤字となった。
14年3月期はスマホ向けの特殊ガラスを新しい成長の柱に据える。売上高は前期比15%増の6000億円、リストラ効果で営業利益は30億円の黒字転換を目指す。しかし、英ピルキントンの買収などに伴う社債の発行や借入金の有利子負債は、13年3月期末時点で4443億円ある。支払い利息の負担が重く、最終損益は210億円の赤字を見込んでいる。
ピルキントンは2006年に買収した当時は世界3位(シェア10%)のガラスメーカーだったが、リーマン・ショック、欧州債務危機に伴う需要減で急速に業績が悪化した。日本企業による企業買収の失敗例としてM&Aの歴史に残ることになる。
ピルキントン買収の経緯は次の通りだ。日本板硝子は、06年6月に6160億円を投じ、年商規模で2倍の英国のガラス大手ピルキントンを買収した。「小が大を呑む」と経済界を驚かせた。当時、日本板硝子の海外比率は20%程度だったが、この買収で売り上げ、従業員とも80%が海外というグローバル企業に大変身した。
ピルキントン買収の立役者は藤本勝司社長(当時、のち会長)だった。藤本氏は2人の外国人社長を招いたが、相次いで辞任し経営は混乱した。
藤本氏の失敗は外国人に経営を託す戦略を採ったことだ。M&A(合併・買収)を成功させる要諦は、たとえ「小が大を呑む」ケースであっても、買収した側がしっかりとリーダーシップを発揮しなければならない。ところが、藤本氏は「(日本側に)外国人をコントロールできる人材がいない」と、ピルキントン側に経営を丸投げした。その上、実権を誰が握るかの線引きが十分ではなかったため、外人部隊と日本側が激突した。実権を持たせてもらえないと分かったら外国人社長は、さっさと辞めていく。
外国人社長起用に2度失敗した藤本氏は12年4月、今度は日本人の吉川恵治氏を社長に起用。藤本会長、吉川社長体制で経営再建に取り組むことになる。
経営の混乱を招いたにもかかわらず責任をとらず、居座った藤本氏に社内外から批判が強かった。銀行からは「混乱を招いた責任をとるべきだ」との声が上がった。
ピルキントン買収で債務は膨らんだ。買収資金30億ポンド(当時の為替レートで6160億円)のうち英国で15.5億ポンド(同約3180億円)、日本で450億円を銀行から借り入れた。同時に、転換社債(CB)1100億円発行した。結局、買収額の8割近くを外部資金で賄ったことになる。
14年3月期にはCB1100億円の返済期限を迎える。13年3月期末の現金及び現金同等物は834億円。逆立ちしても、返済できない。銀行に頼るしかない。
今年3月末にメインバンクの三井住友銀行が主導する銀行団(他に三井住友信託銀行や日本政策投資銀行など)から700億円を協調融資で調達した。90億円は個別借り入れで資金を確保。300億円は借り換えた。流動性資金の確保に万全を期すため三井住友銀行と250億円の新規の融資枠を設定した。
銀行団に支えられて当面の資金繰りの危機は乗り切った。協調融資を受ける代わりに、ピルキントン買収を主導した藤本氏は、3月31日に会長を引責辞任した。6月末の株主総会で取締役も退任する。
藤本氏はM&Aのプロではなかった。それなのに、何故、大型買収に踏み切ったのか。グローバル企業の会長というステータスが欲しかったのか。ライバルの旭硝子の経営陣の鼻を明かしてやりたかったのか。